『ホエール・ウオッチングの社会経済的価値』
要約
ホエール・ウォッチングは、野生状態のクジラやイルカを、陸上、海上、あるいは空中から商業的に観察することと定義される。ホエール・ウォッチングは世界中で300以上の地域社会で、そこに住む人々の社会的そして経済的な生活に大いなる変化をもたらしてきた。その活動は経済活動を行う多くの部門に影響を与え、時にはそれがその地域全体や国全体に及ぶ場合もある。全体として、ホエール・ウォッチングは今や65以上の国々や統治領において行われており、年間540万人もの人々が参加している。
この現象についてさらに詳しく追求し学ぶため、ホエール・ウォッチングの社会経済学的側面に関する研究会が、1997年12月、ニュージーランドのホエール・ウォッチングの中心地であるカイコウラにおいて5日間にわたって開催された。10ヶ国からの参加者15名とオブザーバー9名、それに撮影班が加わって、経済学者、人文地理学者、観光コンサルタント、生態学者、そしてクジラ類研究者という多彩な顔ぶれが集まった。
1995年3月にイタリアのモンテカステロ・ディ・ビビオで最初の研究会が行われてから、一連の研究会が行われてきており、カイコウラの研究会は5番目として開催された。これまでに研究会では次のような話題が話し合われてきた。すなわち、「ホエール・ウォッチング管理の科学的側面」、「マッコウクジラ観察の特別な側面」、「環境上の価値」、「法的側面」、そして「ホエール・ウォッチングの社会経済学的側面」である。
今回の研究会の目的は、社会経済学的な影響をどのように評価するか、ホエール・ウォッチングの真の価値をどのように計量するか、そしてホエール・ウォッチングが社会にもたらす貢献を最大にするにはどうしたらいいか、といった事項を判断することにあった。
ホエール・ウォッチングを実施する人々、地域社会、保護区管理官、あるいは政府観光担当部局の職員が、地域の経済学者と協力しながら、経済影響評価手法を開発したり、総合経済価値を決定するために社会的価値や他の価値を計量する際に役立つ、様々な評価技法が研究会参加者によって検討された。こういった仕事の多くは、例えば、仮想評価法(CVM: Contingent Valuation Method)、旅行費用法(TCM: Travel Cost Method)、社会会計マトリックス(Social Accounting Matrix)のような、経済学者、人文地理学者、そして他の人々によって採用される様々な技法を、注意深く用いることによって達成されうる。
研究会はまた、クジラ類やその生息地を異なる目的に使用した場合の価値を計量する方法、そしてホエール・ウォッチングによる環境、社会、経済費用、そしてその価値を増大させるための戦略についても検討している。
以下の事柄が研究会の主要な発見及び結論である。
●観光客による支出は、基礎となる重要な数値を提供してくれるが、ホエール・ウォッチングがもたらす真の価値の総体はそれよりもはるかに大きなものである。真の価値には次に述べる価値すべての総和が含まれている。すなわち、財政的価値、リクリエーション上の価値、科学的価値、教育的価値、文化的価値、遺産価値、社会的価値、審美的価値、精神的/心理的価値、政治的価値、環境上の質、生態学的サービス、そしてその他のものである。さらに、これらの価値の多くは、利用要素と非利用要素の両者を兼ね備えている。「利用価値」は実際に資源を使用すること、ホエール・ウォッチングの場合には体験を得ること、の結果として生じる。「非利用価値」の場合には、いかなる使用も必要としない。この場合の便益は単に、将来的な利用の可能性、将来世代による利用、あるいはまったく利用しない場合の結果として生じるものだ。価値のいくつかについては、この報告書の中にもある種の見積もりを得るための様々な方法の概略が説明されているのだが、価値の利用要素や非利用要素の場合のみならず、評価するのが困難である。研究会では、すべてのカテゴリーが利用されるものではなくとも、見逃しがないようにするために考えうるものすべてを含めるようにすることが重要であると判断した。過去においては、財政的価値の一部をなしている、観光客による支出のみが考慮されてきた。知られている価値すべての総計が、総合経済評価を与えてくれるのだ。
●それほど具体的でない、あるいは非利用価値を計測するひとつの方法は、「消費者余剰」を判断するための質問を行う調査を実施することである。「消費者余剰」とは、消費者があるものに対して払ったかも知れない額から、実際に払った額を差し引いた量である。例えば、ある人物はクジラ類が生存しており、健全な状態にある、ということを知るためにならばいくら支払うであろうか?人はホエール・ウォッチングに出かけるために(実際の値段よりも高い)いくらまでなら支払う意志を持っているであろうか?こういった調査は、これまでにも森林管理と観光開発との比較、自然保護区の管理の問題、バードウオッチングを行う地域等で実施されてきたが、これからはホエール・ウォッチングの評価を行うためにも、新しい方法を提供してくれるものとなろう。これらの調査における質問に対する回答は、いろいろな方法によって検定することが可能である。
●研究会では、ホエール・ウォッチングのために、これまで自然資源管理の問題に成功裡に応用されてきた特定の方法を勧めている。この報告書では様々な方法について概略を示すとともに、ホエール・ウォッチングがもたらす環境上、経済上、そして社会上の便益と費用とを扱うこれらの取り組みの評価を行っている。報告書では、定期的に便益と費用が再評価される必要があることを強調している。
●世界各国で異なっている、ホエール・ウォッチングのための産業構造の種類が、高レベルの価値を産み出すためには重要であることが指摘された。研究会によれば、ホエール・ウォッチングの産業構造として望ましい形態としては次のようなものが考えられる。すなわち、(1)地域社会に高レベルの便益を維持するもの、(2)社会的影響や環境影響を考慮するような営業計画を開発するもの、そして(3)教育活動、自然保護活動や調査を指示するもの、である。こういった構造を持っていれば、ホエール・ウォッチングによって「高い価値」が提供されるようになる。
●ある資源の価値を計測するためには、「費用便益分析」やその他の、費用及びそれぞれの価値(そして価値の総計)を分析することを含んだ手法において、異なった利用形態を見てみる必要がある。それぞれの利用法には、広範な社会的、環境上、そして経済的なものに分けて考えることのできる独自の費用と便益が備わっているだろう。便益から費用が差し引かれて、他の利用方法と比較された場合に、実際の総合経済価値がより正しく評価され得るだろう。
●ホエール・ウォッチングの価値を高め、社会的、環境上、そして経済的費用を減らすための方法は数多くある。研究会では広範囲の具体的な提案を行っており、ホエール・ウォッチングの質や価値を改善することに興味を持っている、世界中のホエール・ウォッチング事業者、地域社会、地方政府、環境担当省庁やその他の関係者に価値ある出発点を提供する正式な勧告も提供している。
●研究会では、ホエール・ウォッチング産業とそれぞれの地域社会の関係者達が、クジラ類、環境、地域社会、そして産業界にとっての便益のため、長期的に持続可能なホエール・ウォッチングを開発するように、決意声明を作成すべきであると強く勧告している。この決意声明は、研究者達、政府機関、NGO、他に興味を示す個人や団体を含んだ、ホエール・ウォッチング産業界と関係者とによる特別な討論会や産業協会を通じて作成されるべきである。
この報告書は、この話題についての入門書であり、研究会の主要な「成果」であり、これらの社会経済的評価を、急速に成長している世界的なビジネスであるホエール・ウォッチングの重要な部分として位置づけようとする人々のためのガイドとなるよう企画されたものだ。
第1章 背景と序論
第2章 ホエール・ウォッチングの社会経済的価値
第3章 経済、社会、環境への影響およびその意味
第4章 ホエール・ウォッチング産業の価値の測定
第5章 クジラ類利用法の価値と評価
第6章 ホエール・ウォッチング産業の躍進
第7章 結論
キーワード解説
付録 経済影響方法論・研究会の概要
注:このウェブサイトは翻訳編集推敲のための作業用テキストです。