第6章 ホエール・ウォッチング産業の向上

 研究会参加者はホエール・ウォッチング産業を、つねに変化し続ける様々な活動が結びついたものと見なしている。ホエール・ウォッチング、またはホエール・ウォッチング産業は、ここでは考えうる最も広い定義として、観光産業の一部門として考えられており、ホエール・ウォッチングを実際に運営する人々、販売担当者、必要資材を供給する人々、顧客、そして関連する研究者や政府の調整員も含まれることになる。研究会の関心の焦点は、ホエール・ウォッチングを実施する場所が新しく開発されたり、市場が開発されることにだけあるのではなく、これまでホエール・ウォッチングが運営されてきた場所においても新しい内容の製品が開発されることも含んでいる。いずれの場合においても目標とされるのは、ある特定地域を独特のものとして規定している経済、社会、環境上の要素をさらに高めようとするような、ホエール・ウォッチング体験の創造である。

 経済、社会、環境上の要素を以下のように広範囲の関係者について個別に見てみることによって、ホエール・ウォッチングの純便益を向上させる機会が考慮された。すなわち関係者としては、ホエール・ウォッチング事業者、広範囲の観光産業、地域社会、一般大衆、NGO、調整機関が考えられる(Hvenegaard 1994)。これらの関係者それぞれが、この産業の発展に大きな影響を与えることができる。実際に、ホエール・ウォッチングの発展による変化は、影響を与えようとする関係者による直接的な作用の結果であり、どういう変化になるかという問題は如何にして関係者の参加を促すかという問題でもある。したがって、産業内部での変化を追跡し、よりよい状態へ向けての変化にするよう努めることが重要である。また、可能な限り早い時点から、すべての関係者が十分に参加できる機会を提供することも重要だ。

 3つの分野―経済、社会、そして環境―が考察される順序は、それらの相対的重要度についての研究会参加者の見解を反映したものではない。ホエール・ウォッチング産業を始めてみようという決定が、徐々にその影響を広げていく関係を詳しく述べているだけに過ぎない。それは、財政投資を行ってみようという個人事業者の決断によって始められ、社会影響及び環境影響を生み出すことになる。これら3つの分野のどれか一つの便益を、他の2分野における影響を考慮せずに安易に増大させようとしてはならない。この基本原則が反映されて、研究会の目標は、どれか一つの便益を最大にするよりはむしろ、異なったタイプそれぞれの便益を高めようとする考え方に基づくものとなった。

 この目的のためにホエール・ウォッチング体験は、資源(動物とその生息地)を開発することにより広範囲の環境上のつながりを持つもので、結果として人間社会に影響を与えるという社会的意味において、事業者が何らかの費用を負担することによって生み出される消費者産物として見られることになる。ホエール・ウォッチング産業は、動的な商業活動として、次のようなことがらに対してバランスを持った判断をしなければならない。すなわち、消費者は生産物に対していくら支払う意志があるのか、産業界自体は資源に対する投資や収益率の観点からどこまでリスクを負う用意があるのか、市場の飽和点はどこか、地域社会は社会影響に関してどういったことなら進んで受け入れようとするのか、そして世界は消費者の需要をまかなうことによる環境影響に関してどこまで耐える意志があるのか、といった問題である。


6.1. ホエール・ウォッチングの純経済便益の改善

 ホエール・ウォッチングが生み出す純経済費用と純経済便益に対して影響を及ぼす関係者には、ホエール・ウォッチング事業者、地域住民、調整機関、民間団体(NGO)が含まれる。これらの構成要素は、様々な関心のそれぞれを代表することになる。例えば、ホエール・ウォッチング産業の事業者は多くのベンチャー・ビジネスを含んでいる。その中には、ホエール・ウォッチング体験に直接関係のあるもの(ボート運営、販売担当、運輸会社)や、間接的に関係のあるもの(事業者にいろいろな資材やサービスを提供する業務、関連物資やサービスを消費者に提供する業務)がある。こういった事業者の活動や検討課題においては多くの重複があるだろうが、経済便益を高める場合に考慮しなければならない直接的な要因がいくつか考えられる。研究会参加者はこれらの要因を、それぞれの関係者との関係で検討してみることにした。

6.1.1. ホエール・ウォッチング産業事業者の戦略

 ホエール・ウォッチング産業事業者が経済便益を高めるための方法は、基本的に4つある。すなわち、生産費用を削減すること、消費者物価を上げること、出来高と市場占有率を増加させること、そして新たな製品の開発(関連製品の販売を増加させることを含む)である。それぞれの方法は、たくさんの社会費用や環境費用に結びついており、目の前にある挑戦は、社会あるいは環境上の望まれない副作用を起こさないようにしつつ、投資による最大収益率を生み出すことである。

6.1.1.1. 生産費用の削減

 事業者は、資本費用の減少、運営費用の削減、事業運営の簡素化、顧客サービス費用の監視といったことを行うことによって、それぞれのツアーにおける費用効率を最大にする方法を継続的に探し求めなければならない。一般的にこういった戦略は、市場における競争力を維持するという観点から発展してくるものだ。しかしながら研究会では、費用削減戦略を押し進めるあまり、設備に不備が生じたりせっかくの体験の素晴らしさを損なってしまっては、最終的には「金の卵を産むガチョウを殺してしまう」ことになる恐れがあるという警告が行われていた。実際、生産費用をいくらか増加させても、それが環境上より「安全な」製品に結びつくものならば、市場における優位性を保ち利潤を生むことにつながるという証拠がある。商売上手の手腕があれば、不必要あるいは無駄な支出を回避することをつねに指図するだろうが、だからと言って単に一般的な費用削減を指向するだけでは、必ずしも経済便益の増加あるいはより望ましい製品に結びつくというものではない。

6.1.1.2 消費者物価の増大

 経済便益を高めるための単刀直入かつ明白なメカニズムは、価格を上げることだ。しかし、消費者側の費用を変えることによって、消費者の支払意志額を超えてしまう危険性があることを、一般的に事業者は承知しているようだ。そうは言っても事業者は、価格戦略について適切な専門家と議論することが奨励されるだろう。消費者の支払意志額は、一般的な要因と地域特有の要因の両方に影響される、複雑な心理現象である。これらは、最善の価格戦略を決定するために、建設的に探求されるべきである。オーストラリアのハーベイ湾では、ホエール・ウォッチングの値段を、平均的な消費者が払う最高額であろうと思われるぎりぎりのレベルに保つために、事業者達は奮闘していた。そんな際に州政府が、一人当たり2オーストラリアドルの賦課金を課すことを決定し、それは事業者達によってそのまま消費者負担とされてしまった。この値上げは現地のホエール・ウォッチング産業に致命傷を与えるかも知れないという悲観的な予想があったにも関わらず、その成長率は2桁を継続させている。

6.1.1.3 出来高と市場占有率の増加

 過去20年間にホエール・ウォッチングで見られた特徴の一つは、世界中の多くの場所で異常なほどの需要増加が見られたことだ。いくつかの地域(カナリア諸島、米国ニューイングランド州)ではホエール・ウォッチング開始から5年から10年たった後に横ばい状態になったところもあるが、他の地域(例えばカナダ、ケベック州のセントローレンス川)は、10年以上たっても劇的な成長を続けている(Hoyt 1995a, 1995b)。ホエール・ウォッチングが安定状態にある地域においてでさえ、すでに成長しすぎたところまで来てしまったのかどうかは、ほとんど考慮されていない。研究会参加者は、消費者需要が作り出す社会費用や環境費用が産業を破壊してしまわないようにするために、特定地域の「環境収容力」についてこれまで以上の調査が行われる必要があると信じている。一般的に事業者は出来高の増加について、競争相手の事業において増加がある時にだけ問題視する。しかしながら、環境に基盤を持つ観光は通常、人間の存在が著しいレベルになるのを避けることに依存していることを、心に留めておくべきである。

6.1.1.4. 製品開発

 おそらく、経済便益を高める分野において、もっとも有望であるにもかかわらず、最もありがたく思われていないのは、製品開発の分野であろう。研究会では、経済便益を高めるために事業者達が製品開発を通じて、少なくとも次のような3つの一般的な戦略を考慮するように助言が行われている。すなわち、付加価値要素の開発、追加の関連素材のマーケティング、環境基盤の信頼できる他の観光事業との相互マーケティング、である。

 最初の戦略は、他のすべてが同等であるならば、より魅力的な製品は、より大きな市場占有率を引き出すということの認識である。このためには、それぞれのタイプのツアーがどのようなもので構成されているか、どこで向上させることができるのかといった評価を助けるために、正確で詳しく製品内容を記載することが役に立ってくれるだろう。事業者は、製品の目につきやすさや市場での売り込みやすさを改善してくれる付加価値要素を、真剣に見てみるべきだ。消費者がどのようなものに対して進んで支払いを行うのかを判断するために、仮想評価法を実施することについて専門家の助言をあおぐこともやってみる価値があるだろう。大部分のホエール・ウォッチング開催地において、消費者は生物学、文化、そして自然保護に関する解説を提供してくれる体験に魅力を感じていることが、本研究会でも注目されていた。消費者は一般的に、インターラクティブな体験に参加することを望み、水中の音を船上の設備を通じて聞くことのできるハイドロホン(水中マイクロホン)の設置は、しばしばたいへんな関心を集める。この他、音響システム、ビデオ上映、様々な教材も消費者に喜ばれる。「太平洋鯨類基金(the Pacific Whale Foundation)」(ハワイ、マウイ島)は、ハワイ、オーストラリア、日本のホエール・ウォッチング参加者のために、クジラとイルカ類のフィールドガイドをたくさん出版している。それらは無料でホエール・ウォッチング参加者に提供されている。他にも多くの団体が事業者達とともに同様なパンフレットを開発している。一方で、「ホエール・ウォッチングの教育的価値に関する研究集会」(IFAW, WWF & WDCS 1997)で表明されているように、より高い水準の資料を開発する必要性が高まりつつある。また、多くの場所で、事業者は地域社会の有志と組んで、情報センターを設定している。

 二番目の戦略は、ホエール・ウォッチング消費者に訴える力を持っている関連サービスや製品を提供することである。クジラ類やイルカ類に対する興味の増大は、関連する記念品や身の回り品に対するかなりの需要を生み出している。貴金属、工芸品、Tシャツ、そして各種の装身具等が、世界中の市場に出されている。こういったものの大部分は、ホエール・ウォッチングのツアー自体からはいくらか離れた場所で、別の業者によって売られているが、十分な時間や場所、投資資本を持っている事業者達も多くが、ホエール・ウォッチング用のボートに乗っている人々に売り込めるという利点を最大限に活かすために、マーケティングの機会を利用している。

 経済便益を高めるための製品開発による三番目の戦略は、相互マーケティング技術を通じてのものである。ホエール・ウォッチング参加者は通常、一度だけのホエール・ウォッチングでは満足しないようで、複数回の参加に興味を持つ。環境に基盤を持つその他の活動、あるいは他の場所におけるホエール・ウォッチングは、消費者にとってかなりの魅力を持っていると言える。相互補完的と考えられる活動を提供している事業者達が、ネットワークを作って共同で働きかけることにより、市場における占有率を増加させることができるだろう。

 ここでもう一度、社会影響や環境影響に対する注意を払わないで、経済便益のみを増大させようと考えてはならないことを強調しておこう。ホエール・ウォッチングが持っている環境上の重要性を平凡なものにしてしまうこと、観光客向けの安物装身具で市場を飽和させてしまうこと、あるいは、環境に注意を払っていない製品や活動を消費者に売るために押しの強い市場戦略を創出することは、厳密に言えば目先の経済便益を高めてくれるかも知れないが、環境上あるいは社会上責任ある活動であるべきホエール・ウォッチングの全体的な信頼性を脅かすものとなってしまうだろう。

6.1.2. 地域社会の参加

 ホエール・ウォッチングの経済便益を高める上での地域社会の役割は、地域社会がホエール・ウォッチング産業の成功を確かにするために進んで資源とエネルギーを投資しようとしているかどうかにかかってくる。これは小さな地域社会ではしばしば、事業者達が地域社会のメンバーであるかどうかに関係してくる。外からやって来た事業者の場合には一般的に言って、その活動が地域経済に及ぼす経済影響についての関心は少ないだろうことが予想される。こういった場合には、地域の費用が増加する一方で、地域社会によって得られる経済便益が減少してしまう、深刻な漏出へとつながる可能性がある。経済活動の中心が地域社会の外に置かれていれば、地域社会が乗数効果から利益を得るようにしようとか、観光客にもっと滞在してもらって消費を促進しようといった雰囲気にはなかなかならず、地域の支えとなる環境を生み出しにくいだろう。

 まだ発展途中の段階にある産業がもたらす経済便益の大部分を、地域社会の中に留まるようにしようとすることの重要性はまた、同じ産業がもたらす費用を算定することとも関連してくる。ホエール・ウォッチングのような観光関連産業やそれを支えるサービス産業は一般的に、極めて流動的な雇用者要員に依存する傾向がある。居住人口の出入りが頻繁になってくると、しばしば社会問題の増大につながる場合があり、地域社会にとってはかなりの費用を負担しなければならなくなる。犯罪や失業が問題化したり、その他の社会的機能不全が生じてしまえば、それは速やかに地域社会の魅力を奪ってしまい、住むには高くつく場所になってしまう。

6.1.3. 調整機関の役割

 ホエール・ウォッチングの純経済便益に対して調整機関が及ぼす影響は、プラスのこともあればマイナスのこともある。調整のために規制を行えば、市場が飽和状態になるのを防ぎ、価格戦争あるいは不公平な取引の実施を排除し、消費者の体験の全般的な質を高めることになったり、あるいは、便益増加のための他の機会を作り出すかも知れない。その一方でまた、規制に従うためには費用の増大を招くかも知れない。それゆえ、最も費用効果の高いやり方で規制目標が達成されるように、産業界全体、地域社会、助言を与えてくれる科学者達と密接に協力することが、調整機関の義務となってくるだろう。

 Forestell (1995)は、産業発展に伴って必要とされる規制内容が変化していく性質に対して、もっと注意が払われるべきだと示唆している。需要の変化に合わせて規制を変化させていくためには、状況に適応させることができる柔軟な枠組みが必要となってくるだろう。しかしながら、規制の変更はかなりの法的検討や一般参考意見を広く求めることが必要となる場合があり、状況に速やかに適応させようとしても簡単にはいかないこともある。規制を効果的に機能させるためには、政府機関、科学的な助言を行う専門家、事業者の間の調整が必要である。地域によっては、ホエール・ウォッチング事業には特別な許可を得る必要がある(例としては、オーストラリアのハーベイ湾、ニュージーランド)が、許可を必要としない場所も多い(米国)。許可証や規制に関しては世界中に数多くのモデルが存在している。その中には、まったく規制のないもの(ノルウェーのアンデーンズ(Andenes))、地域の事業者組合による調整が行われているもの(日本の大方町)、地域の事業者と自然保護団体との間の提携によるもの(ニュージーランドのカイコウラや他の地域)、そして政府による比較的一方的な規制が行われている場合(アルゼンチン)がある。しかしながら、どのような規制システムが実施されているかが問題ではなく、規制順守を確かなものにするためのモニタリングや法施行のためのプログラムが実施されていてはじめて、規制は効果的に作用することができると言える。研究会参加者は、わずかな法施行しか行われていない場所が大部分でありと考えており、調整機関は規制の必要性があるかどうかを幅広い見地から検討し、法制化の暁には、順守を確実にするために断固として取り組むべきであると力説している。

6.1.4. NGOの役割

 ホエール・ウォッチングがもたらす経済便益への影響に関してNGOは、主に教育、ロビー活動、調停を通じて重要な役割を果たすことになる。(ここでNGOとは、環境保護団体をはじめ、観光、企業、教育、科学、調査グループ等が含まれている。)

6.1.4.1. 教育

 NGOは一般的に、まったく状況が異なる様々な地域におけるホエール・ウォッチング体験の性質やその質の高さについて、正確ではっきりとした、そしてバランスのとれた情報が必要であることを認識し、それに基づいて行動することができる。ホエール・ウォッチングの一般参加者はその数が増加しており、いろいろな開催地での活動に参加し、同じ場所を繰り返し訪れることもあり、様々な体験をしている。NGOは、単にクジラ類を見る機会があればいいというのではなく、解説や教育プログラム、自然保護倫理、そして体験の全般的な完成度といった観点からも、消費者に対する教育を支援し、ある程度の質を持った製品を求めるようにすることができる。

6.1.4.2. 産業発展のモニタリング

 NGOは、経済、社会的必要、環境上の関心といった検討項目のうちの主要課題が、その時々の状況に応じてバランスのとれたものとなるよう、事業者、地域社会、政府のレベルにおける様々な決定をモニタリングする重要なメカニズムになりうる。

6.1.4.3. 産業界とのパートナーシップの形成

 絶滅の危機に瀕しているクジラ類やイルカ類の種や、科学的情報の少ない個体群についての科学的研究が特定の場所で行われた後に、その地域でホエール・ウォッチング活動が誕生している例が多い。また、ホエール・ウォッチングに対する世界的な関心のかなりの部分は、メディアがたくさんの種の科学的探求を紹介してきたこと(例えば、「ナショナルジオグラフィック協会」や、1970年代に始まったアルゼンチンのパタゴニア地方におけるNGOの支援活動)の結果として、発達してきたと言えるだろう。事業者と研究機関あるいは自然保護NGOとのパートナーシップは、事業者にとってもマーケティング上の有利さを与えてくれるだろうし、NGOにとっても一般の人々への普及啓発活動を促進したり、NGOへの支持を獲得する機会を与えてくれるものだ。パートナーシップはまた、様々な観点からの意見を集約し公平に聞いてもらえるようにするために、NGOが産業界と他の関係者との間の調整役として機能する機会を与えてくれるものだ。

6.1.4.4. 利害衝突の調整

 ホエール・ウォッチングの開発に関わる利害関係者達が、時に相反する意図を持って働いていることを発見することは避けがたいことだろう。検討方針が全く対立している段階で、双方が得る経済利益のバランスをとろうと試みることは、焼け石に水だろう。そんな場合にNGOは、意見の相違を明確にし、将来の事態を予想し、解決の糸口を探るための客観的な話し合いの場を提供する機会を持っている。国際的なNGOと提携している組織は、海外のホエール・ウォッチング開催地における検討例のモデルを示すことによって、大変有用なガイダンスを提供できるだろう。


6.2. ホエール・ウォッチングの純社会便益の改善

 研究会参加者は、ホエール・ウォッチングがもたらす社会便益の向上は、今日まで十分な注意を与えられてこなかった分野であり、今後大きな課題となってくると考えている。発展の途中段階にあるホエール・ウォッチングがもたらす恐れのあるマイナスの社会影響を軽減するためには、次のような関係者すべてを巻き込んで、全体的にうまく統合されるように努めることが必要だろう。関係者とはすなわち、地域社会、ホエール・ウォッチング産業や他の観光産業、調整機関、そしてNGOである。

6.2.1. 地域社会の参加

 研究会では、発展の途中段階にあるホエール・ウォッチング産業がもたらす社会影響に関して、地域社会の構成員すべてによる参加もしくは協力が必要であることが注目された。ホエール・ウォッチング産業が急速に発展している場所では、また、この産業が経済的停滞や不況に対する対抗策と見なされている場合にはとりわけ、このことが当てはまるようだ。影響評価あるいは産業発展のための行動計画に参加しているのは、一般的に言ってビジネス社会のごく狭い部分の関係者だけだ。地域社会における富の再配分に関わる極めて現実的な問題である社会影響、観光客増加の下での犯罪増加、社会基盤整備の重圧等といったことがらが、認識され対処されなければならない。

 多くの地域社会で、とりわけホエール・ウォッチングが季節的な活動である地域において、ホエール・ウォッチングに結びついた活動や毎年行われる記念式典を発達させることによって、ホエール・ウォッチングを地場産業として社会的に受け入れさせ、積極的に地域社会に組み入れることに成功している。米国ハワイのマウイ島、オーストラリアのハーベイ湾、カナダのトフィノ(Tofino)、メキシコのバハカリフォルニア南部、南アフリカのヘルマヌス(Hermanus)―こういった地域はすべて例年行われる記念行事を持っている。アイスランドのフサヴィク(Husavik)は深夜の太陽フェスティバルを祝うし、アルゼンチンのプエルト・マドリン(Puerto Madryn)では1月に『オルカ(シャチ)週間』がある。ノルウェーのティスフィヨルド(Tysfjord)では『ネイチャーフェスト(自然祭り)』がある。日本の大方町、そしてマサチューセッツ州のプロビンスタウンでは漁船団の祝福が執り行われる。

 産業界と地域社会との間のパートナーシップの形成は、潜在的な問題を識別し、新たなビジネスチャンスを積極的に活かすことを可能にする。時として、地域における開発評議会/企画委員会が形成されることがある。ノルウェーのアンデーンズ(Andenes)では、ホエール・ウォッチング事業に地方政府が参入している。アルゼンチンやフィリピンのある地域では、町長がホエール・ウォッチング事業者ともなっている(もっとも、これは利害衝突という潜在的な問題を持ち込むことにもなりうる)。アルゼンチンのプエルト・サンジュリアン(Puerto San Julian)では、町役場が観光客用の新しい情報センターを建設した。また最近では、ホエール・ウォッチング事業者達が救急治療センターの設置を支援したし、新しい救急車も購入している。南アフリカのヘルマヌス(Hermanus)では、沿岸から行われるホエール・ウォッチングが様々なやり方で町によって開発され奨励されている。クジラの季節には、町のサンドイッチマンが宣伝版を着けて町をねり歩き、近海にクジラが来ていることや観察に最適の場所はどこかを案内している。日本の大方町や小笠原では、漁師やツアー事業者がホエール・ウォッチングを始めることができるように町役場が支援を行った。

6.2.2. ホエール・ウォッチング産業の役割

 ホエール・ウォッチングによる社会便益を高めるために最初の段階で行われるべきことは、人々による理解と教育の促進である。ホエール・ウォッチング産業が、その活動の結果として生じる広範囲に渡る社会影響を、それ自体では解決できないことは認識されていると言っていいだろう。しかしながら、産業界の構成員は、地域社会で社会問題に取り組んでいる機関を探し出し、特定地域におけるホエール・ウォッチングの発展がもたらす影響の性質について自ら教育を行うことが求められている。実際には、地域の機関によって社会影響がモニタリングされてはいなかったり、あるいは緩和策が講じられていないという場合もあるだろう。そんな場合には、産業界が地域社会に手を差し伸ばして、利害関係者の検討課題に取り組むようにすることが極めて重要となってくる。これは例えば、地域社会のメンバー(高齢者、学校児童、奉仕活動クラブ等)を、ホエール・ウォッチング体験に無償あるいは割引料金で招待するといったことを実施すれば、達成することができるだろう。これによって、双方にとって重要だと思われる課題については、最初からお互いを敵対視することなく、意見の相互交換をできるような舞台が提供されることになろう。こういった形での地域参加が促進されれば、社会的に正しいことをする人々に競争上の有利性をも与えてくれるだろう。すなわち、『良いことをして、うまくやろう』ということだ。

6.2.3. 観光産業の役割

 多くの場所で観光産業は、連携して幅広い旅行サービス部門を構成し、地域にあるいくつかの観光名所をより効果的に市場に提供している。こういった努力に対しては、しばしば政府から助成金が支給されることになる。社会便益を高めるために観光産業によって果たされる最も重要な役割は、新たなサービスを開発したり実際にサービスを提供する場面において、地域社会のメンバーが中心的な役割を演じるような権利を与えることである。漏出を防ぎ、地域社会によって活気のある参加が行われるように保証することは、究極的にはマイナスの社会影響に対する最善の防衛手段を提供してくれる。観光産業はしばしば、マーケティングのための宣伝活動や観光の動きをコントロールすることを通じて、どこからどこまでの範囲をその地域として扱うのかを世界全体に対して明確に示しており、地域社会の定義に責任を負っている。その結果、その明確な定義の完全性を保つためにも、地域社会と共に作業を行うことを考慮する必要があるだろう。観光産業がホエール・ウォッチングの社会便益を高める方法には、次のようなものがある。

6.2.3.1. 地域の独自性(アイデンティティ)の発達

 マーケティング用の資料(宣伝ビラやパンフレット)における特定地域の表現方法が正確で、地域の考え方や期待に配慮したやり方であるようにするためには、観光産業界が地域社会の適切な団体と密接な情報交換を行いながら、作業を進めることが重要である。ある場所を訪れる観光客は、観光資料に目を通すことによって前もってその場所に対するイメージや考えを持ってやって来ることになる。そういった資料に配慮することは、地域社会と観光客との間の積極的な相互関係を建設するための、適切な第一歩となる。

6.2.3.2. 教育と研修

 観光産業は、現場で働く人々の参加をできるだけ促進するためにも、地域の事業者に対する訓練や教育というやり方で大きな貢献ができる。産業が発展するにつれて、それに伴う社会影響を判別するためには、様々な社会経済学的調査を行う必要が出てくるだろう。マイナスの社会影響を緩和するためには、地域の人々を排斥することではなく、地域からの参加を奨励することが必要だ。

6.2.3.3. 季節的影響の管理

 ホエール・ウォッチングは季節がきわめて限定される活動となることがあり、それはにわか景気とそれに続く不景気とが交替に起こること、そして流動的な雇用層に過度に依存してしまう事態へとつながる恐れがある。地域における人口密度、経済活動、そして失業率といった事項における大きな変動は、ストレスや不安定、様々なマイナスの社会傾向を生み出すことにつながりかねない。観光産業は、多種多様な観光活動を識別し、特定場所への観光客の流れが一様になるよう努力することによって、重要なサービスを提供することができる。


6.2.4 調整機関の役割

 いくつかのレベルにおける政府機関が存在する(例えば、市町村、州や都道府県、中央政府、国際機関)。ホエール・ウォッチング産業はこれらの政治的境界を越えてしまうことが多く、調整機関がどの地域の意見を代弁しているのか、どの社会影響を取り扱っているのかが不明瞭になってしまうことがある。最も一般的な問題は、調整機関の間を調整するための首尾一貫したやり方が確立されていないため、ひとつの産業がいくつもの調整機関の対象になってしまうことである。様々な調整機関による幅広い業務を調節することはそれ自体が複雑で大きな挑戦であるが、研究会参加者は、次に述べられるような計画調整を行うことや、地域からの参加を最大限に引き出すことによって、調整機関は社会影響を緩和することができることを指摘している。

6.2.4.1 計画調整

 まず何と言っても調整機関は、ホエール・ウォッチング産業発展に伴うマイナスの社会影響を緩和するための計画を、前向きに実行する能力がある。問題がどこにあるのかを見極め、問題に最も適切に対処できる政府機関を判断するために、社会影響評価が行われることが重要である。また、地域社会において起こりそうな社会経済的変化の方向性を判断するために、とりわけ富の配分において著しい変更がある場合には、すべてのレベルの政府機関がその努力を調節する必要があり、このことはきわめて重大である。オーストラリアのパースや米国マサチューセッツ州のボストンのような大都市では、すでに観光産業が重要な位置を占めていたので、ホエール・ウォッチングが発展しても、その中に比較的簡単に組み込まれた。海洋観光部門だけ見ても、小さな事業者が新たに数多く追加される場合には事情が異なるものの、地域社会の中での経済的流れには、重大変化は起こっていない。しかしながら、オーストラリアのハーベイ湾やニュージーランドのカイコウラのような場所では、ホエール・ウォッチングの発展は、どこに富が集まったのかという意味で、容易に識別できる変化が生じている。政府機関は、地域社会がそのような変化を判別し、それに対処できるよう支援するという、重要な役割を演ずることができる。 

6.2.4.2 地域参加の促進

 急激な変化が地域の資源に対して過度の負担をかけないようにするために、事業者の需要や期待との調整を図りながら、調整機関が産業の成長を前向きに管理することが重要である。ある場所が興味を引く新しい観光地であると一旦見なされたら、人々が訪れる割合や、成長の大きさはあっという間に制御しきれなくなる。変化の質が、地域社会全体によって決定されることも重要である。これは、調整機関が、地域社会の各部門からの参加を最大限に引き出すことを、率先して努めることによってのみ起こりうる。

6.2.5 NGOの役割

 NGOは、他の組織や機関、あるいは個人によって提供できないようなサービスを担うことができる場合がある。自分達の利益に関した検討課題を持ち出そうとするのではなく、社会水準全体を高めることを目指すことによって、NGOは指導力そして計り知れないほど大きな価値に向けての方向性を提供できる。

6.2.5.1. 教育

 この報告書出版のようなやり方を通じてNGOは、問題点を指摘し、可能な解決法について、関係者に警告を発することで指導力を発揮できる。NGOによる教育努力の対象は大変広いものとなるべきだ―政府機関、事業者、観光組織、一般の人々、これらすべての人々が、ホエール・ウォッチングの社会影響について理解し、直接影響を受ける人々の社会的枠組みを守るよう努力し続けなければならない。

6.2.5.2. 研修

 いろいろな方面との協議や新たなプログラムの開発を通じて、地域社会の指導者達に研修の場を提供し、彼らが社会問題を認識し、それを促進している背景を見極め、そして解決策を生み出せるよう促すことができる。アイスランドの「クジライルカ類保護協会(Whale and Dolphin Conservation Society: WDCS)」の例があるし、カナリア諸島、コロンビア、そしてその他の場所においても、ホエール・ウォッチング事業者やナチュラリストのための研修プログラムが企画され実施されている。こういった研修によって、ホエール・ウォッチングがもたらす社会問題や、環境問題、経済問題を緩和するための枠組みを構築していくことができるだろう。

6.2.5.3. パートナーシップの形成

 在来の政府機関や研究組織が対応していないような場所において、ガイダンスや支援を提供するために、地域のNGO、国内NGO、そして国際的NGOとのパートナーシップを通じて、人材や情報といった重要な資源のネットワークを開発することができる。

6.2.5.4. 利害衝突解決の調整

 利害関係者の間で、ホエール・ウォッチングの開発に伴う社会便益の価値について同意が見られない場合には、NGOは競合する検討課題に対応した解決策を探るのを助けることができる。見解の相違をはっきりと明言し、事態の予想を行い、解決するための客観的な枠組みをNGOは提供できる。国際的NGOと提携しているNGOは、他のホエール・ウォッチング開催地で用いられた問題解決のためのモデルを示したり、地域間でアイデアを交換したりすることによって、大変役に立つガイダンスを提供できるだろう。


6.3. ホエール・ウォッチングによる純環境便益の改善

 ホエール・ウォッチングはもともと特定場所への侵入を行う活動だ。環境影響の大きさは、人々がクジラやイルカ類を岸から見るために歩くことのできる場所(例、南アフリカのヘルマヌス(Hermanus)、グレートオーストラリア湾)となっている壊れやすい沿岸地帯での間接的な干渉から、無責任な船舶航行によるクジラ類への直接的な危害まで、幅広い範囲に渡るものとなっている。ホエール・ウォッチングは何らかの環境費用を引き起こさずに、実施できないことは確かである。しかしながら、産業界は費用を最小にし、実際に(環境だけではなく、経済そして社会上の)便益を発生させ、全般的な結果が資源にとって有利に働くようにしながら、発展することが可能である。

6.3.1 (ホエール・ウォッチングおよび観光)産業界の役割

 純環境便益を保証するために利用できる最も直接的なメカニズムは、産業界そのものである。事業者達自身や関連サービスを提供する業者達が、消費者需要に合わせてとる行動が、ホエール・ウォッチングによって生み出される環境影響の程度を規定する。研究会参加者は、特に次のようないくつかの分野において、産業界が環境便益を高めようと努める責任があると考えている。

6.3.1.1 影響の少ない技術や手順の利用

 事業者達は、利用できる技術と理にかなった費用効果レベルの中で、可能な限り環境にやさしいやり方で、ホエール・ウォッチングが実施されるように取りはからうべきである。燃料効率、汚染物質の制御、発生音の最小化、といったことを考慮することが、船舶設計において重要な要因となるべきである。環境にやさしい原料や、ホエール・ウォッチングがクジラ類とその生息地に与える影響を最小にするような手順を積極的に用いることは、事業者の基本的な責任である。

6.3.1.2 職員研修

 ホエール・ウォッチング活動を通じて環境を損なわないよう、一貫性を持って行動するように、事業者が従業員に研修の場を提供することが重要である。従業員やホエール・ウォッチングのための船舶等の乗組員達は、海上環境を経験したことのない多くの消費者にとってモデルとなる、重要な役割を果たしているのだという自覚を持つ必要がある。消費者のための行動に明確で適切なガイドラインを職員が設定しそれに従うようにすることが、産業界の義務となる。

6.3.1.3 一般教育

 ホエール・ウォッチング体験というのは、対象地域の生物種や生息地に関連する自然保護上の問題について一般の人々を教育する、素晴らしくかつ重要な機会を提供してくれる。移動中に行われる自然解説プログラムは、今回の研究会や前回の「ホエール・ウォッチングの教育的価値についての研究集会(IFAW, WWF & WDCS 1997)」の参加者らによって、野生生物とその生息地の保護や回復におけるきわめて重要な要素であると見なされている。

6.3.1.4 調査や自然保護活動の支援

 事業者は、調査や自然保護活動に対する支援を提供する重要な位置にある。この支援は様々な方法で繰り広げることができ、比較的小さな事業者でさえ、利益の一部を切り詰めなくても、重大な貢献をすることができる。直接的に財政支援を行うことに加えて、限界はあるものの、調査によっては、「ホエール・ウォッチングの科学的側面に関する研究集会」(IFAW, Tethys & Europe Conservation 1995)によって検討されたように、調査を行なう場所等を事業者は船上で提供することができる。事業者はまた、調査や自然保護活動を行なうグループが資料を配付したり、寄付を募ったり、商品を販売したりする機会を、ボートにのる前後や船上において提供することができる。

6.3.2 地域社会の参加

 地域社会は、ホエール・ウォッチングの開発が環境へ与える影響を最小にとどめたいと考える、中心的な利害関係者であると言える。地域住民として、地域社会のメンバーは環境悪化が発生した場合に最も多くを失う者となる。それゆえ、ホエール・ウォッチングの発展に伴う変化が地域の環境を損なわないようにするため、産業発展のすべての段階で十分な参加を行ない、政策決定の場面においては積極的にロビー活動を行ない、そして事業者、政府機関、NGOとの連携を求めることが、地域社会にとって重要となる。

6.3.2.1 環境収容能力の計画

 起こりうる環境変化の性質を見極め、環境変化のレベルが受け入れることのできるものかどうかを評価し、純環境便益を高めるための戦略を探すため、地域社会のメンバーが、事業者だけでなく広い範囲の関係機関、組織や団体と協力することがきわめて重要である。地域社会には、異なる知識や人脈、資金を持った様々な人々が生活している。地場産業の開発において、しばしば地域の価値が無視されることがあり、その結果、地域社会全般にとって本当に重要な環境問題が適切に解決されないことになる。地域の個人や組織が、予測される成長が地域の環境収容能力を超えないように行動することが不可欠だ。

6.3.2.2 モニタリングと調査

 ホエール・ウォッチングは世界規模の現象となっており、この産業による環境影響を調べている者にとって、とてつもない基礎データを提供することができる。残念ながら今日まで、産業発展と環境影響との間の関係について、記録データを収集し、どこか1ヶ所でデータベース化する作業はほとんど行われていない。地域社会のグループが、産業発展を推進する人々に対して、他の場所でのホエール・ウォッチング経験に基づいた影響報告を提供するよう、もっと強く求めるべきである。さらに、起こるかも知れない影響を緩和するためには、継続的な影響モニタリングが確立されなければならない。

6.3.3 より広い一般大衆(ホエール・ウォッチングに参加する一般の人々とその他の人々)による参加

 長期的に見れば、ホエール・ウォッチングに対する需要を生み出しているのは一般大衆であり、環境便益の促進は彼らの行動によって左右される。一般の人々は、製品の選択、個人の活動、そして調査や保全のプログラムを支持することによってプラスの純便益を確かなものにすることができる。

6.3.3.1 製品の選択

 消費者として、そしてまた市民として、ホエール・ウォッチング参加者は、ホエール・ウォッチング産業に影響を与える大きな機会を持っている。ホエール・ウォッチング参加者がより経験を積んで、ホエール・ウォッチングが与える影響について知識を得るにしたがって、彼らは、環境に対する責任を自覚し、環境を損なわないようにしている事業者を選んで支持することができるようになる。メディアによる紹介、旅行産業のマーケティング・キャンペーン、口コミ、そして一般教育プログラムといったものすべてが、消費者への情報提供に役立ってくれる。もし情報が正しければ、時間とともに人々は環境保護への関心がずいぶんと高まった上でホエール・ウォッチングへ出かけるようになるだろう。

6.3.3.2 個人レベルにおける世界的影響の緩和

 ホエール・ウォッチング産業が参加者に対する環境教育で成功してきたように、ホエール・ウォッチングの後でも人々が環境問題に対する関心を高めることができれば、さらなる環境便益が発生することになる。環境の悪化は、一人一人の行動に基づく人間側の問題である。そして、個人が自分の行動においてプラスの変化をもたらすようにすれば、全体的に問題は弱められることになる。「地球規模で考え、足元から行動しよう」という考え方に基づいて行動することが、ホエール・ウォッチングに関わる一般の人々がホエール・ウォッチングによる環境便益を高めることができる重要な道である。

6.3.3.3 調査、保全活動、教育への支持

 一般の人々が、クジラ類の調査や環境保全活動を継続的に支持する必要性がある。乗船中の自然解説によって提供される多くの情報が、科学的な野外調査から得られたものだ。さらに、ホエール・ウォッチングがクジラ類や彼らの生息地に与える影響を体系的に研究してこそ、はじめて、ホエール・ウォッチング産業の運営がその資源にとって有害でないようにすることが可能となる。


6.3.4. 政府機関の役割

 政府機関は、環境保護に関する政策の策定や実施において、中心的な責任を持っている。(世界各地を代表する人々からなる)研究会参加者による一般的な見識は、政府が健全な政策を制定あるいは施行できなかった場合には、マイナスの環境影響が急激な増加をする、というものであった。しかしながら、政策は社会経済的な問題から切り離しては、あるいは地域社会や現場の事業者達の支持なしでは、制定したり施行したりできるものではないこと、そしてまた、政策は定期的な再検討を受けるべきであることも理解されていた。それゆえ、生物種やその生息地のモニタリングや保護のための段階を進むことを通じて、資源に対して注意を払う責任を地域社会が自覚するようにするためには、政府機関が積極的に協力し、情報公開を行いながら行動する必要性がきわめて大きい。そのような取組のためには、政府機関が産業の発展計画の早い段階から参加すること、潜在的な環境影響に関して利用者グループを教育すること、そして調査や管理を通じて、生物種とその生息地の保護に必要な措置を講じることが求められる。

6.3.4.1. 計画作成

 政府機関は、特定地域で実施可能な発展計画が作成され、奨励されるに際しては、産業界や地域社会の代表と共に、可能な限り早い時期から参加するようにすべきである。産業発展の共通ビジョンを得るために、広範囲の資料から関連データが提供されるようにすることは、政府機関の責任である。そのようなビジョンを独立して作り上げるのではなくて、むしろ関係するすべての利用者グループが対話に参加して、初期のうちに目標や検討課題の調整がなされるようにすることが必要である。そのような対話の大きな利点は、グループ間の情報交換をオープンにしておくことができる点であり、さもなくば対立関係を生み出しかねないし、生産的な相互関係を制約してしまう恐れがある。

 環境問題に関しては、政府機関は次にあげるような基準が実施されるように監視を行う必要がある。すなわち、船舶や騒音の種類、陸海空における排出規制、対象となる動物種のそばで作業する際の行動規範、地域の社会基盤の変化(すなわち、建築物、道路、下水や固形廃棄物の処理、公共施設)等である。多くの場合、政府機関が果たすことのできる最も重要な役割は、計画作成に当たって、利用者グループ間での調整を奨励することである。残念ながら、自ら計画を策定する責任があると政府機関が思い込むことによって、他からの十分な参加の機会を与えないことがあり、しばしば利用者グループの権利を剥奪してしまっている。

6.3.4.2. 教育プログラム

 産業発展のための行動計画がいったん策定されたら、次には、広い範囲の一般の人々、他の政府機関、そして計画の目標、手順、モニタリングに関係をもってくる旅行産業の他の部門に対して、指導を与えることが必要になってくる。そういった指導は、認定証を与えるための研修プログラム、解説資料や多種多様な教材や資料パックといった形で提供することができる。「クイーンズランド州環境遺産局」は、「オーストラリア自然保護庁」や「グレートバリアリーフ海洋公園局」といった連邦政府機関と協力して、政府、NGO、産業界、地域社会、研究分野の代表を集めて、ハーベイ湾や世界各地におけるホエール・ウォッチングの影響を検討する研究集会を定期的に開催している。政府機関はまた、表彰等の奨励策によって、計画の基準やガイドラインを守ろうと努力している利用者グループに力を与えることができる。
 
6.3.4.3. 海洋保護区の指定

 政府機関は、重要な自然資源を環境悪化から保護するために、最終的には海洋保護区を指定することによって、特別な管理計画を実施する力を持っている。世界各国で国家によって制定されている保護区は、人間による利用がもたらす有害影響に対してそれまで以上に保護手段を講じる必要があることに、人々の注意を集めるきわめて傑出したメカニズムとなっている。海洋保護区の重要性は、環境悪化を最小限にするために、一般的には幅広い対応策を可能としてくれる点にある。例えば、最近ハワイで指定されたザトウクジラのための「国立海洋サンクチュアリ」は、管理や法施行よりはむしろ(もっともこれら2つの役割も完全に無視されているわけではないが)、調査と教育に焦点が当てられている。これとは対照的に、オーストラリアのクイーンズランド州にあるハーベイ湾海洋公園では、ホエール・ウォッチングの営業の管理に重点が置かれている。

6.3.4.4. 有用な管理原則

 自然資源管理に有用となる重要原則には、利用者支払い原則や、汚染者支払いの原則がある。資源を利用する人々は、単に事業運営に基礎をおく費用ではなく、資源を利用もしくは消費することによる、全体的な費用の支払いを求められるようになってきている。費用分割は、自然資源の利用から引き起こされるすべての直接・間接費用を総合的に見てみる原則である。それは、効率性と公正を考慮するもので、例えば、どの程度まで個人と社会が費用を分担すればいいのか、あるいは、利用する権利を放棄した場合には個人が補償金をもらうべきかどうか、といった問題を検証する。個人の活動や行動に適用される、もうひとつの重要な原則は、注意義務である。例えば、ホエール・ウォッチング事業者は、収入を得るために利用している動物たちにいかなる損害も与えないように、クジラやイルカ類に対して注意を払う義務がある。注意義務は、理想的には単なる収入や規制を越えて、正しいことをするという本質的動機に基礎づけられた、生物種に対する責任といった考え方によってささえられるべきものだろう。運営に関わる人々は、注意義務を促進するという重要な役割を演じることができる。もうひとつは、マイナスの変化が起こった場合、それを緩和するために前もってお金が支払われる、利用あるいは運営保証契約という考え方である。

6.3.5. NGOの役割

 NGOはいくつものグループに分けられ、たくさんの課題を抱えた数多くの団体によって構成されている。特に環境保護を目的としているNGOは、様々なやり方で、発展の途中段階にある地域を支援することができる。地域の構成メンバーが、環境問題に対処する必要性を話し合おうと集まった場合には、彼らの良心を代弁したり、ガイドを与えたり進行役となったりして役立つことができる。ホエール・ウォッチングが環境上プラスの純便益をもたらすようにするために、考えなければならない課題としては、潜在的な環境影響に対する理解を深めること(調査が含まれる)、影響を最小限にする行動計画のためにロビー活動を行うこと、行動計画を実行するための方法について利用者グループを教育すること等があげられる。行動計画に一致した活動を行う人々を奨励すると同時に、どれだけ行動計画が実施に移されたか、そして実施されないとしたらその原因は何か、といったことを調べることが必要となるだろう。

 研究会では、環境悪化を減らすめざましい努力をした産業部門や地域社会を奨励するために、観光賞を設置することがたびたび提案されている。そのような賞は、何を持って環境保全に貢献したかという、広く受け入れ可能な基準を持つべきことも指摘されている。認定証や賞を与えるプログラムでは、世界的な基準が作り出されて実施されるように、国際的な提携を行っているNGOが運営することによって一層受け入れられやすくなるだろう。