付録A: 経済影響方法論

 経済影響方法論は、経済手法等から選ばれたやり方を組み合わせたものであり、調査設計やその他の項目を含んでいる。特定のホエール・ウォッチングに関する研究は、求められている結果によって取組方法も異なったものとなる。次に述べられるステップは、影響研究の場合に必要となってくると考えられる構成要素を並べてみたものである。

 1. 目的を注意深く考慮すること:研究は、ホエール・ウォッチング産業による経済的貢献の分析であるのか、それゆえ他の産業と比較されることになるのだろうか?産業は、現在の生産高という点からその価値が評価されるため、実際に行われなかった活動の純生産高(アウトプット)に関しては無視してしまうことがある。研究は、ホエール・ウォッチング産業の経済的貢献を、捕鯨のようなクジラ類の別の利用方法によって作り出されるものと比較するのだろうか?あるいは報告書は、管理研修やマーケティング展開といった産業発展促進のための政策を実施に移す、引き金の役目を果たすものかも知れない。4番目の目的として、資源管理に適切な注意が払われるようにするため、政府による規制を促すために報告書が用いられるかも知れない。経済影響の研究はたくさんの目的の役に立つかも知れないが、このことは時に方法論を微妙に変える必要性を伴う。

 2. 監督や助言の提供、あるいはあなたのために仕事をしてくれる、利用者本位の経済学者を見つけること。経済学が扱う広大な分野は複雑であり、時には未知のものであり、その結果経済学者でさえ恐れをなしてしまいかねない。あなたは、あなたが必要とすることに対して、安心して取り組めるような誰かを見つける必要がある。医者が病床の脇でとるべき態度が決まっているように、あなたに助言を行う経済学者は利用者に親切でなければならない。あなたの経済学者は、攻撃的だったり無意味だったりする質問にも、落ち着いて容易に答えてくれることができなければならない。そしてあなたの経済学者はわかりやすく説明することもできなければならない。

 3. 研究地域の地理的範囲を概説せよ。報告書は、地方、地域、国全体、あるいは国際的なレベル、これらのうちのどの範囲での経済影響についての概観を提供するものだろうか?

 4. 正確な研究のために必要なデータは、簡単には得ることができないかも知れないことを心にとどめつつ、望ましい研究結果についてのガイダンスを求めよ。この段階で、出資機関に対して、正確な研究のために必要な要因(パラメーター)を明らかにしておくことが重要である。それは、既存のデータを拡張することによって得られるのであるが、通常すぐに入手が可能な(より「研究者にやさしい」)要因とともに提供することができる。このことから、対象となる人々の利益を理解することが、必要な場合には産業界に対する正しい理解を深めてもらい、そして彼らの必要もまた満たされるようにするために役立つものとなる。最後に、観光産業に対しても長期的にみても持続的な取組が行われるために、報告書ができるだけ正確で誠実なものであることが求められる。

 5. プロジェクトの対象となる物理的活動を規定すること:ホエール・ウォッチングの場合には、おそらく焦点はホエール・ウォッチング産業による活動そのものなので、これは比較的簡単な仕事である。これ以外にも、ホエール・ウォッチングと捕鯨(これらは競合的な活動となる)、あるいは、ホエール・ウォッチングと休日用の船舶運航(しばしば補完的な活動、あるいは連続した活動となる)といったように、二つ以上の産業が対象となる場合がある。

 6. 市場取引や生産物に関わる活動の構成要素を識別せよ。これには、どこで物理的活動が経済活動になるのかを判断することが必要となってくる。一見したところ、これは比較的明らかに思えるだろう―しかし、写真家や映画の撮影隊が日頃から無料で撮影を行っていることを考えてみると話がややこしくなってくる。広報活動もまた経済方程式の一要素であるからだ。この取引は国民経済計算には現れてこないだろうが、それでもこれは経済の一部である。大部分の社会が現金に基礎をおく経済である以上、市場取引の中で関連してくるものを識別する方がより簡単だろう。

 7. 調査や他の手段によって、経済活動の大きさを測ること。取引の数、生産費用、資本費用、雇用、賃金、税金、供給者の数・種類・収益、現場や現場以外の場所における消費者の支出、といった事柄を考慮に入れること。

 8. 消費者の行動とともに消費者の意図を調査せよ:もし、彼らがホエール・ウォッチングに行くためにこの場所を訪れていなかったとしたら、彼らはどうしていたか?もし、ホエール・ウォッチングがなくてもこの地域を訪れる消費者達がいるとしよう。経済理論は次に、クジラ類がいることによってはじめてこの地域を訪れる人々による支出、すなわち訪問者による正味の貢献を推定することを求める。これは常套手段とは言っても、観光関連の分析では綿密に実施される場合が多いが、観光産業以外の分析においては完全に無視されてしまう。すべての産業が、同様の基礎の上で比較されるようにすることが基本である。

 9. ホエール・ウォッチングの機会費用を判断せよ:もし、ホエール・ウォッチングが存在しなかったら、経済的には何が起こっていたか?他の産業が隙間を満たすだろうか、あるいは何の産業も興らなかっただろうか?機会費用は、ホエール・ウォッチングを生じさせたことによって、失われた何かがあるかも知れないことを意味している。これもまた、計測される必要がある。

 10. 訪問者達の意図がもつ役割や、機会が失われたプロジェクトを考慮に入れることが適切な場合には、それらを考慮に入れつつ、ホエール・ウォッチング産業の経済価値を評価せよ。

 11. 乗数効果の価値を考慮せよ:乗数効果は、ホエール・ウォッチングで支払われたお金が地域社会の中で再び使われることによって生じる、追加の便益のことである。乗数効果の計測は、たびたび行われているにもかかわらず、時に議論を呼ぶものとなっている。ある人々は、乗数効果はホエール・ウォッチングやその代わりになる産業によって供給されているのだから、比較を行うことにほとんど意味はないと論じている。他の人々は、プロジェクトや資本の出所等に左右される相違があることを示唆している。既製の乗数から、投入―産出表(インプット―アウトプット表)、さらには徹底的なモデルまで、利用できる方法には様々なものがある。

 12. ホエール・ウォッチング産業や他の選択肢が及ぼす、収入配分における影響を識別せよ:地域社会における収入の広がりは、社会の基礎をなす社会的安定にとって重要である。その結果、収入の広がりにおける変化は、社会的安定や調和を損なうことも改善することもできる。それゆえ、政策目標を支持するうえで役立つこともあれば、阻害することもある。このことは、経済構造がどちらかというと農村基盤である―そして、ホエール・ウォッチングが新しいスタイルの重要な産業となりつつあり、世界経済との経済的結びつきを代表し、それとともに幅広いプラスとマイナスの新しい体験をもたらしているような―社会においては特に重要である。

 13. 社会的不安や教育の機会改善から、道路や下水処理施設といった社会基盤整備のためにこれまで以上の支出を行う必要性までといった、ホエール・ウォッチング産業が作り出すその他の様々な影響を識別せよ。これらのいずれも、ホエール・ウォッチングが行われる地域社会の経済的厚生を損なうこともあれば、高めることもあるだろう。

 14. 適切な経済影響分析のためにはまた、産業の他の側面をいくつか定性的に記載する必要がある。その中には、資源の利用権利に対する財産権の問題(誰が権利を所有しており、それはどのように発生したか)、資源にアクセスする権利の配分における政府の役割、所有権の性質や特徴(永続的なものか、時間や空間に関して制約されたものか、権利に付随する責任や料金について)、権利所有者の社会人口学的特徴、船舶およびホテル・港湾施設等の他の社会基盤の性質、安全性、所有者が事業に投資を行ったり機会や挑戦に対応する能力、労働者や所有者達の管理や研修のスタイル、といった事柄が含まれる。

 15. 経済影響方法論によって明らかになった、生態学的および社会的に持続的な経済発展の機会や政府介入の機会を判断せよ。集中しすぎているかも知れない、あるいは他の要因によって、利潤の漏出に寄与しているかも知れない(地域による所有が多ければ、収入を地域経済にとどめておくことになり、最小限の漏出があるだけだろう)、所有構造を判断せよ。船舶の費用や種類が、収益を制約しているかどうか調べよ。ホエール・ウォッチングによって与えられる機会を、最適なやり方で利用するための資本タイプが、投資能力によって制約されているかどうか、そして、管理研修がないことによって産業の効果的な発展が妨げられているかどうかを判断せよ。

経済影響方法論の参考文献を見つけることは難しいかも知れない。保護区の経済影響を調べるための方法論は、研究会参加者の一人によって準備された資料に記載されている(注5)。これを参考にすれば、ホエール・ウォッチング産業に関する経済影響の研究を行いたい、あるいは依頼したいという人々は、詳しいガイダンスを得ることができるだろう。

注5)内容は経済影響の評価が中心であるが、初稿では『保護区の経済便益』という題であった。この草稿は「IUCN国立公園保護区委員会」のために作成されたものである。改訂版が準備中であり、タイトルも『保護区のマクロ経済的評価』となる。Lee Thomas氏から入手可能であり、彼の連絡先は以下の通りである。Lee Thomas, Asutralian Nature Conservation Agency, Canberra, Australia. Economics Taskforce of the IUCN Commission for National Parks and Protected Areas. 電話 61 2 6250 0201, ファックス 61 2 6250 0349, 電子メイル: Lee.Thomas@mgdestmx01.erin.gov.au. あるいは次の住所に連絡することもできる。 Francis Grey, Consulting Economist, Economist At Large & Assiciates, PO Box 256, Noble Park Melbourne, Australia, 3174, 電話 61 3 9562 4472, ファックス 61 3 9562 4118, 電子メイル: ecolarge@ozemail.com.au.


付録B. 研究会の詳細および参加者

B.1 謝辞

本研究会は、多くの人々や団体の助けや協力がなければ開催することはできなかった。研究会の数ヶ月前、Carole Carlson と Erich Hoyt は会合を企画し、参加者候補を選択し、作業用資料を依頼し、討議内容を考案した。マサチューセッツのIFAW事務所からは、Cynthia Close が旅行アレンジと他の事務連絡の調整を支援した。この一方で、ニュージーランドの Mike Donoghue (ニュージーランド自然保護局)は会場の設定を行った。Carole Carlson と Anna Moscrop は研究会会場の準備を行い、研究会開催に必要な他の細々とした仕事を手伝った。

生態経済学者のJohn A. Dixon(世界銀行グループ)と Robert Costanza(メリーランド大学)には、特に、貴重なアドバイス、参加者のための勧告、背景となる情報を提供していただいた。また、役立つ情報を提供してくれた Mike Young (CSIRO, Australia)、Sue Muloin、Michael Wellsにも感謝したい。John Dixon氏により大量に提供された Wells (1997)による報告書『自然観光、保全と開発の経済的展望("Economic Perspective on Nature Tourism, Conservation and Development")』は、研究会の開催前にすべての参加者に配付されているが、背景を理解するうえできわめて有用な文献であった。

研究会は、カイコウラの古修道会の親切なホスト達、Marc, Wendy and William Launay に感謝したい。農家に付随した礼拝堂を改築した会合場所は、我々に素晴らしい会場を提供してくれた。

ニュージーランドで最大規模のホエール・ウォッチング活動をしている、カイコウラの先住民であるマオリ族のNgai Tahuによって、式典の中で歓迎の意が表明されたのは、我々にとってうれしいことだった。Erich Hoyt はなぜ我々がカイコウラに来たのかを説明した。一方、Carole Carlson の指導で我々はその場にふさわしい Don Sinetti による歌を歌った。その後、我々はマッコウクジラや陽気なdusky dolphin(クロイルカ?)を見に、地域のホエール・ウォッチング団体である「ホエールウォッチ・カイコウラ」の人々と共に出かけた。Lorraine Hawke、Tai Sterling、Celeste Tai-Rohera (以上すべて「ホエールウォッチ・カイコウラ」)、Barbara Todd (「ネイチャー・ダウンアンダー」)、 Dennis Buurman (「ドルフィン・エンカウンター」)の各氏を始めとする、カイコウラと地域の観光およびホエール・ウォッチング事業者を含む、研究会のオブザーバー参加者にお礼を言いたい。ニュージーランド自然保護局カイコウラ事務所の、Mike Morrisseyはまた、貴重な説明や背景資料を提供してくれ、いくつかの部会では相談役としても活躍してくれた。

研究会開催中、グループの中の経済学者である Francis Gray と Romy Greiner は、ホエール・ウォッチングの社会経済学的側面を計測する方法を理解するために、我々が理解しなければならない概念について辛抱強く説明してくれた。Glen Hvenegaard は、ホエール・ウォッチングと関連のあるエコツーリズムの、社会経済的側面についての文献の素晴らしい総括を行ってくれた。それは研究会の冒頭に紹介された。他の人々は、メキシコ、日本、アルゼンチン、ハワイや世界の他地域における、ホエール・ウォッチング事業の社会経済学的側面についての事例研究を報告してくれた。

最終報告は参加者が共同で作成したもので、Erich Hoyt によって編集された。Alison Smith (「クジライルカ類保護協会」)は独自に、役に立つ記事を提供してくれた。Nic Davies は原稿の校正をしてくれた。

我々はまた、国際捕鯨委員会に本報告書を提出させてくれた、国際捕鯨委員会ニュージーランド代表であるJim McLay 閣下に深謝したい。


B.2 研究会の詳細

研究会の開会:

Carole Carlsonが会合の参加者とオブザーバーに挨拶し、研究会開催の背景を説明した後で、「国際動物福祉基金(IFAW)」とそのねらい、目的を紹介した。Mike Donoghueはニュージーランド自然保護局とカイコウラのホエール・ウォッチング関係者を代表して、全員を歓迎し、また、なぜカイコウラがホエール・ウォッチングにとって重要な場所なのかについて触れた。Bernd Wursig [訳注・「u」はウムラウト]が会合の議長として紹介された。Carole Carlsonは、研究会の日程とその間に行われる関連イベントを説明した。彼女はまた、オーストラリアの撮影班がホエール・ウォッチングに関する映画を製作していること、開催期間中に参加者にインタビューをするかも知れないことにも触れた。それから参加者とオブザーバーの自己紹介が行われた。

B.3 記録報告係の任命

 Rochelle ConstantineとAnna Moscropが記録報告係に任命された。

B.4 議事項目の採択

研究会の議事日程はいくつかの変更の後、採択された。

1 会合の開会
  1.1 記録報告係の任命
  1.2 議事項目の採択

2 ホエール・ウォッチングの社会経済的価値
  2.1 ホエール・ウォッチングの社会経済的価値とは何か―「総合的経済価値」―要約と枠組み
2.1.1 利用価値(直接利用+間接利用)
2.1.2 非利用価値(選択価値+存在価値)―定義がより困難
  2.2 誰が利益を得て、、どのように金銭/価値が地域社会/国等の中を流れるのか?
2.2.1 漏出
2.2.2 経済乗数
  2.3 金銭の流れの社会文化的影響とその意味するところは何か?

3 ホエール・ウォッチングの総合経済便益を決定するためのエコツーリズム測定技法/方法論の評価
  3.1 陸上哺乳動物、エコツーリズム、保護区域に関する社会経済的研究の効果およびそれらのクジラ類への適応
  3.2 ホエール・ウォッチングの特徴づけ(ホエール・ウォッチング評価の必要事項)
3.2.1 ホエール・ウォッチングに行く人々種類(訪問者の分類)
3.2.2 ホエール・ウォッチング事業者の種類
3.2.3 ホエール・ウォッチングの目的地、地域社会、もしくは状況の種類
  3.3 支払意志額を見積もるため確立された計測技法/方法論についての要約および討議
3.3.1 旅行費用法(TCM)
3.3.2 仮想評価法(CVM)
3.3.3 その他の方法と偏り(バイアス)を無くすための組み合わせ
  3.4 ホエール・ウォッチングと、その目的地を研究するための調査設計とその他の必要条件
3.4.1 実際の経費の決定
3.4.2 経済価値の決定
3.4.3 他の社会的価値の認識と評価―ホエール・ウォッチングに適用される費用便益分析(BCA)のような社会厚生分析を行うことの有用性
  3.5 間接的利用価値と非利用価値の決定のための調査設計とその他の必要条件
3.5.1 間接的利用価値についての考察―クジラ類保護を通じた生態学的な過程の維持と多様性の価値
3.5.2 存在価値(審美的、精神的、文化的、遺産的価値)についての考察
3.5.3 選択価値、あるいは将来の利用価値についての考察
  3.6 その他の調査設計上の考察と、標準的な調査の必要事項

4 競合的な利用方法(費用)のための計測と評価
  4.1 クジラ類とその生息地の代替利用法を含んだ競合的な利用方法(費用)の概要
4.1.1 クジラ類の代替利用法
4.1.2 生息地の代替利用法
  4.2 評価の理由、あるいは評価の論理的根拠
  4.3 評価の方法

5 ホエール・ウォッチングの社会経済的価値の向上と消費者余剰の確保
  5.1 事業者ができること
  5.2 ホエール・ウォッチングはさらにどれだけ地方経済の発展に寄与できるか
  5.3 NGOの役割
  5.4 地域社会の役割
  5.5 中央政府や州政府ができること
  5.6 問題点、懸念されること(資源保護を考慮に入れる必要がある)

6 ホエール・ウォッチングの環境費用
  6.1 それは何か、そしてどのように評価するのか?
  6.2 環境費用の抑え方
  6.3 どのようにして事業の中に費用を組み込むのを促すか

7 結論
  7.1 勧告
  7.2 本研究会報告書の研究会後の利用

8 閉会