第4章 ホエール・ウォッチング産業の価値の測定

この章では、ホエール・ウォッチング産業の価値を測定するための方法を検討してみる。研究会の参加者はまず最初に、役に立つ類似点があるかどうかを見てみるために、自然に基礎をおいた他の種類の観光の社会経済学的研究を検討することにした。


4.1. 陸上動物、エコツーリズム、保護区における社会経済学的研究

 陸上での野生動物観察をはじめとした様々な分野において、旅行費用法や仮想評価法等の技法を用いた、たくさんの社会経済学的研究がある(Place 1988, Hvenegaad et al.1989, Echeverria et al. 1995, Kangas et al.1995, Wells 1997)。また、ホエール・ウォッチングの管理に関連すると考えられる、保護区における研究もある(IUCN 印刷中)。この研究会のために、エコツーリズムのいろいろな側面を扱った包括的な概説が準備された(Hvenegaad 1997)。空間的、時間的、そして生態学的な特徴といった観点から見てみると、ホエール・ウォッチングにも適用できる多くの類似点がある一方で、際立った相違点もある。

まず空間的には、野生動物の観察は、対象となる動物がある程度の数で集中しており、それを見ることが予測可能な場合に行われることになる。海洋環境では、動物種とその生息空間の両方が動き回っているという点から、陸上の場合とは著しく異なっていると言える。ホエール・ウォッチング事業を営む地域社会は沿岸地帯に位置し、そこではしばしば漁業や養殖、そして観光客が好む「太陽/砂/波」をテーマにした観光事業といった、資源を活かした他の産業がある。

時間的には、ホエール・ウォッチング産業は、対象となる動物種が持っている生活史の特徴に支配されることになる。ホエール・ウォッチング産業には、一年中運営されるものもあるが、クジラ達が夏を過ごす間や、越冬、そして渡りを行う間の数ヶ月間のみの短い運営となる場合もある。

生態学的に見てみると、ホエール・ウォッチングでは多くの場合、陸上における野生動物観察よりは、参加者がどのような体験をするか、どういう風に対象に接近するかといった性質に関して、より多くのコントロールが及ぶことになる。海洋環境とクジラ類に焦点を当てていることが特徴であり、通常とは異なった観察体験を提供できるが、必要とする装備等の内容も違ってくる。どういった人々が主に参加するかという、参加者の人口統計学的な特徴は似かよっているが、ツアーの多くの要素はきわめてユニークなものだ。


4.2. ホエール・ウォッチングの特徴の検討

研究会参加者は、ホエール・ウォッチング産業を調べる際に重要となってくる事項をいくつか検討してみた。

4.2.1. ホエール・ウォッチング参加者の傾向

ホエール・ウォッチング産業の社会的および経済的な影響を理解するためには、ホエール・ウォッチングに参加する人々の種類―観光客の類型を知ることが重要である。重要となってくる要素には以下のような項目が含まれる:

 ●統計資料を集める際の留意点として、調査員は、年齢、性、教育、収入、職業、国籍、母国語、文化、参加グループの大きさ/構成、パック旅行かどうか、パック旅行であればその中身、ツアーに関する情報源、移動の手段、そして宿泊施設の予約をしてあるかどうか、といったことを見てみる必要がある。

 ●ツアー自体について必要となる情報には、参加者がホエール・ウォッチングは初めての体験なのかどうか、再び参加したいと思うかどうか、全部の滞在期間、そして(ホエール・ウォッチングに関連するかしないかに関わらず)他の活動や他の訪問先についてのデータ等が含まれる。

 ●最後に、参加者の経歴についての情報では、環境保護団体の会員となっているかどうか、知識や信条、自然との接し方に関するデータ等があれば役に立つだろう。

Tilt (1987)は、ホエール・ウォッチング参加者について調査した最初の研究者のひとりである。調査は、米国カリフォルニアで行われた。参加者の平均年齢は33歳であった。性別は男性37%に対して、女性63%であった。収入に関しては2つのピークを持つ分布となっていて、低所得層と高額所得層にかなりの数のホエール・ウォッチング参加者がいることが示唆されている。一般に教育レベルは高く、79%は4年間の大学教育を受けている。Duffus (1988)はカナダのブリティッシュ・コロンビアにおけるホエール・ウォッチング参加者について同様の結果を得ている。平均年齢は41歳、性別は男性45%に対して、女性55%であった。収入に関してはここでも2つのピークがあり、平均はカナダよりも米国の方が高かった。41%は大学の学位を持っていた。ハワイでは、Forestell and Kaufman (1990)が、ホエール・ウォッチング参加者は高い教育を受けた比較的裕福な人々であるとの傾向を明らかにしている。Pearce and Wilson (1995)は、ニュージーランドの海外からのホエール・ウォッチング参加者は、若い年齢区分(20歳から34歳)が圧倒的に多いことを報告している。ニュージーランドにおける「ドルフィン・スイム(イルカと一緒に泳ぐ)」プログラムの参加者は、57%が17歳から29歳までの間で、25%が30歳代で、17%が40歳代かそれ以上であった(Amante-Helweg 1996)。このように、ホエール・ウォッチング参加者の人口統計資料を見てみると、エコツーリズムと多くの類似点を持っていることがわかる。

しかしながら、人口統計資料で一般的な傾向が見られるとは言っても、エコツーリズム参加者は均質なものではなく、細かいグループごとに独特の管理方法を必要とすると考えられる(Butler and Fenton 1987, Duffus and Dearden 1990)。それらの特徴や必要事項を理解するために、研究者達は、グループの種類、動機、興味や知識のレベル、活動内容、そして必要となる身体的頑健さといったパラメーターに従ってエコツーリズム参加者を分類している。これらの類型のほとんどは、概念的な性質のものであり、実際に回答者のデータによって検証されたものではない。

レクリエーションの「特殊化」の概念が、ホエール・ウォッチング参加者の間に生じる可能性のある相違をいくらか理解させてくれるだろう。特殊化とは、「スポーツや活動を行う際に、好みの設定で使用される器材や技能に反映されることになる、一般的なものから特別なものへつながっている行動の連続性」(Bryan 1977: 175)のことを指している。スペクトルの片方の端には、スポーツの特別な分野に専念するあるいは興味を絞る人々がいて、反対側の端には、より一般的なレクリエーション上の興味を持っている人々がいる。同様に満足の対象も、体験の目的を達成しなければならない場合から、体験に参加すること自体であったりとまちまちである(Bryan 1980)。特殊化の考え方は、釣り人、ボート愛好家、ハイカー、ジョギング愛好家、キャンプ愛好家、登山家、乗馬愛好家、バードウォッチング愛好家、そしてブリッジ競技愛好家等といった、レクリエーションを行う多くのグループについて提案されてきた(これらの概説については、Ditton et al. 1992 及びHvenegaard 1996を参照)。

ホエール・ウォッチング参加者を小さなグループに分けて類型化しようとした研究者は、これまでのところあまりいない。Duffus (1988)は、通常ホエール・ウォッチング参加者が高度な特殊化をしていないことを明らかにしている。いくつかの指標を用いることによって、ホエール・ウォッチング参加者を一般的な人々とより特殊化した人々とに分ける可能性が示唆されてはいるが、そのモデルは明確さに欠けている。Tilt (1987)は、ホエール・ウォッチング参加者が持っている知識に関して、「一般的なクジラについての知識」を持っている人々と、「特殊な専門的」知識を持っている人々との間の勾配があるかも知れないと示唆している。

ホエール・ウォッチング参加者を細分化することが可能であるとしたら、それは次のような変数のうちひとつ、もしくはいくつかによって識別されるものだろう。

 ●持っている知識の程度
 ●満足度
 ●写真への興味や熱中度
 ●一緒に泳ぐプログラムへの興味
 ●観察場所の好み(小さいボート、大きいボート、陸地、飛行機等)
 ●事業者の好み(他に快適性のための装備が提供されているかどうか等)
 ●年齢
 ●過去の経験

全般的に見てみれば、レクリエーションを行う幅広い人々がホエール・ウォッチングにも参加していると言える。参加者の特徴について、統計資料、背景、出身地等を含んだ詳細な情報があれば、管理、マーケティング、そして彼らの体験の質を向上させるうえでも役立ってくれるだろう。


4.2.2. ホエール・ウォッチングの動機、期待、優先度、満足

ホエール・ウォッチング参加者は、様々な理由、様々な方法によってその活動に参加し、そこから便益を得る。これらの動機、期待、優先度、そして満足を理解することは、参加者の体験を改善し、社会、経済、環境上の影響を管理するためにきわめて重要である。

動機は、ある人間が行動を起こす原因となる感情もしくは要求を伴っている。行動する誘因は、内在的(自らの価値観に関連する)の場合もあれば、外在的(行動の結果として受けられる外部からの賞賛に関連する)の場合もあるだろう。ある場所に行くための主要な理由を評価する必要がある。ホエール・ウォッチングのツアーに参加する背景には、いくつかの動機となる影響があるかも知れないからである。調査では、この選択の背景にある複雑さを理解するために、動機をランク付けするべきであろう。なぜなら、レクリエーションを導く動機のレベルには、理由がひとつしかないわけではないからである。調査は、参加者がホエール・ウォッチングに行く前に実施される必要がある。ホエール・ウォッチングに行くために、人々が(ある範囲の選択可能な目的地の中から)どこへ旅行するのか確かめることが有益であろう。動機は、ある場所の物理的特質、例えば町や場所の風景や特徴に結び付けられるだろう。
 
期待について言えば、レクリエーション活動を行う人々の基本的な期待は、彼らはある種の満足(すなわち、喜ばしいことへの期待がある)を得ようとすることである。調査を行うにあたって、期待を評価するためには記入式の質問が必要とされる。事業者側の見地から、最初から現実的な期待を設定しておく必要があることが合意されている。これまでの参加者がどのような経験をしたかをマーケティングすることが期待に影響を及ぼす。そしてそれに基づいて、合理的または現実的な期待が持たれるようにすべきである。パンフレット、添乗ガイド、解説、そして事業者に関しては、率直で現実的なマーケティングが重要である。一般の人々は、他の事業と比べれば「エコツーリズム」の会社には、より高いレベルの誠実性を期待していると言えるだろう。

満足は、動機と期待が低下してしまえば、それによって影響されうる。それはまた、次のような変数のうちひとつ、あるいはいくつかによって影響を受ける。

 ●実際の活動
 ●資源(クジラとの相互作用)。これは、時間、どこまで接近できるか、観察できる頻度、クジラ類の行動、および種の多様さといった視点からのもの。
 ●ガイド/ナチュラリストの質
 ●事業者
 ●サービス内容
 ●価格
 ●資源への影響
 ●他の旅客
 ●写真撮影の機会
 ●安全度
 ●船酔い
 ●教育(情報提供)
 ●天候
 ●食事

ホエール・ウォッチング参加者の動機、期待、優先度、満足については、これまでのところわずかの研究しかない。カナダのブリティッシュ・コロンビア州におけるホエール・ウォッチング参加者のうち、52%ではホエール・ウォッチングが旅行の中心的な理由であり、34%については旅行の重要な部分であった(Duffs 1988)。前もってクジラに興味を持っていたり、意識をしていたホエール・ウォッチング参加者は、自分が参加しているツアーでクジラを見ようとより専念する傾向にある。ブリティッシュ・コロンビア州のホエール・ウォッチング参加者の67%は、初めて参加する人であった。比較として、Tilt (1987)によればカリフォルニア州ではその割合は52%であった。1996年にニュージーランドを訪れた人々の8%がホエール・ウォッチングに行き、14%がイルカ・ウォッチングあるいはイルカと泳ぐ活動、もしくはその両方に参加していた(New Zealand Tourism Board 1996)。ドイツ人、英国人や他のヨーロッパ諸国の人々は、その他の国々からの観光客よりもホエール・ウォッチングに参加する傾向が強い。ニュージーランドにおける海外からの観光客でホエール・ウォッチングに参加している人々は、パック旅行で来ている人ではなくて、多少は自由な、または完全に自由な旅行者であると思われる。ニュージーランドにおいてホエール・ウォッチング参加者はまた、温泉地、博物館、史跡を訪問し、他の野生生物を観察する傾向が強い(Pearce and Wilson 1995)。

優先度に関しては、Duffus(1988)が、ブリティッシュ・コロンビア州におけるホエール・ウォッチング参加者に、ホエール・ウォッチングの様々な側面について、そのの重要性を等級付けするように依頼した(1 = まったく重要ではない、2 = やや重要、3 = 重要、4 = きわめて重要)。その結果、回答者は次のような等級付けを示した。3.7クジラに遭遇すること、3.5クジラを近くで観察すること、3.4クジラの行動の実例を見ること、2.8他の海洋哺乳類を見ること、2.1他の人々と行動を一緒にすること、3.2ナチュラリストと同席すること、3.0海岸の風景を見ること。

ブリティッシュ・コロンビア州におけるホエール・ウォッチング参加者の大部分がその体験に満足している(Duffus 1988)。回答者の26%が期待をはるかに超えたと答えている。期待を超えたが27%、期待通りだった33%、期待以下だった10%、期待をはるかに下回ったが4.4%、であった。ホエール・ウォッチングの体験に付け加わる要素としては、旅の快適さ、学習の機会、環境、そして風景が含まれる。ホエール・ウォッチング体験を損なう要素としては、環境の悪化、他の船舶の存在、旅行上の問題、クジラへの干渉、そして様々な制限事項が含まれる。Tilt (1987)によれば、カリフォルニア州のホエール・ウォッチング参加者は、ホエール・ウォッチングが今までに参加した野生動物体験の中で「最も素晴らしいもののひとつ」であったと位置づけていた。ニュージーランドにおける「ドルフィン・スイム(イルカと泳ぐ)」プログラムの参加者では、イルカと一緒に泳ごうとした参加者の100%がツアーを楽しんでおり、一緒に泳ごうとはしなかった人でも96%がツアーを楽しかったとしている(Amante-Helweg 1996)。楽しくなかったというのは、船酔いであったとかイルカに近づけなかったということに結びついている。

4.2.3. ホエール・ウォッチング事業者(会社)の種類

ホエール・ウォッチングについての特別な研究はほとんどないので、他の観光における研究を参考にすることが役立つだろう。エコツーリズム産業には多数の事業者がいる。事業主、実際の運営者、ガイド、および従業員は、事業に加わった動機、エコツアーの内容、与える影響の程度、空間的特徴(営業場所等)について、それぞれ様々なものを持っている(Ziffer 1989)。さらに、エコツアー事業者は、エコツーリズム産業の特徴について多様な見解をもっている(Finucane and Dowling 1995)。エコツアー事業者は、参加者を連れて行く自然地域においてどのような関わり方をしているか、その度合いによって区分することができるかも知れない。Ziffer(1989)によれば、営業目的の事業者達は、場所を提供している国やその国の問題への関わり方の度合いに応じて、次のように分類することができる。

 ●自然を売る人々:影響について気づいていないか注意を払わない。
 ●敏感な人々:影響に気付いていて、それを建設的なものにするように試みている。
 ●寄付家:影響を建設的なものにし、さらにツアーの費用の一部を地域の環境保全プロジェクトに寄付する。
 ●活動家:環境保全プロジェクトを開始する、しばしば非営利な活動として会員を募ってプロジェクトを実施する。

ツアー事業者を分析するための、もうひとつの考え方は、影響をどうやってコントロールしようかという点と、教育とに関連させたものだ(Hvenegaad 1994)。まず最初に、様々な環境、社会、経済上の影響に対するコントロールが小さな場合では、汚染、文化衝突、あるいは外部への漏出を促進するような支払い方法といった、マイナスの影響が生じてしまう。もし、コントロールが大きくなれば、そのような影響は最小のものとなり、さらにプラスに転じることもありうる(例えば、散乱ゴミの除去、生息地の改善、そして環境保全研究の推進)。

二番目に、こういったツアーにおいてどれだけ教育上の効果をもたせようとするかの努力レベルは、ガイドの質や訓練、情報の提供(旅行前、旅行中、そして旅行後)、旅行の評価、ツアー活動の目標(例えば、単に個体識別を行うことや、もっと生態学的焦点をもったもの等が対比される)に反映される。教育上の焦点は、参加する旅行者の種類や、影響に対するコントロールの大きさをある程度決定するものとなる(Weiler 1992も参照のこと)。
 
空間的な特徴の視点から、Higgins(1996)もまた、自然観光の事業者を3つの種類に区分している。最初に、海外を目的地とする自然観光ツアーの事業者は、先進諸国の主要都市に位置しており、スケジュールを取り決め、マーケティングと販売の調整をし、旅行グループを組織する。二番目に、国内向けの自然観光の事業者は、主として工業化されていない国々の主要都市に位置している。それらは通常ひとつの国に特化しており、先進国にある海外旅行業者や利用者に直接、彼らのサービスを提供する。最後の種類の自然観光ツアー事業は、エコツーリズムの目的地に近い地域で営業され、そこで観光客に様々なサービスを提供する。Higgins (1996)によれば、米国における海外自然観光ツアーの事業者数は、1970年から毎年平均34%の増加を示している。すべての観光事業者の増加率は年平均10%であり、これをはるかに上回るものとなっている。

エコツアー事業者やホエール・ウォッチング事業者を細かく区分する種類の決定に役立ちそうな、その他の要因は以下の通りである。

 ●過去の経験(例、漁師であったとか、捕鯨経験者であるとか)
 ●事業主、実際に運営を受け持つ事業者、経営者といった所有/経営のスタイルの種類(現実的な期待、税金支払い等)
 ●所有の構造
 ●事業主の態度
 ●所有形態による漏出
 ●船のタイプ
 ●投資能力

また、観察形態に応じたホエール・ウォッチング事業者の分類が、表5に示されている。

 表5. ホエール・ウォッチング事業者の種類


4.2.4. ホエール・ウォッチングの実施場所、地域社会、状況の種類

研究会参加者は、世界中に実に幅広いタイプのホエール・ウォッチングの実施場所、地域社会、そして状況があることに注目した。考慮されるべき要因のいくつかを以下に示す。

 ●実施場所の物理的側面、これにはその近づき易さ、隣接都市からの距離、ホエール・ウォッチングの潜在的参加者からの距離が含まれる。
 ●地域社会の種類、これは地域社会の大きさ、関わり方(例えば、敵意がある、あきらめている等)、所有形態、雇用、政治機関によって規定される。
 ●実施場所の発展段階あるいは成熟度。
 ●規制の程度や誰によって規制されているか。
 ●実施場所の季節性。

研究会参加者は、異なる実施場所、地域社会、状況が持つ様々な側面を明らかにするためには、これまでに議論されたいくつかの発展モデル(図7、8、そして9)がここでも役に立つのではないかと考えた。また、地域社会のホエール・ウォッチング開発に対する反応を決定するのには、時間が要因となる。地域社会によっては、他の場所よりも段階を移るのにより時間がかかる場合もあるだろう。観光場所が発展するにつれて、初期の冒険タイプの旅行者から、変わったものを求めるより裕福な旅行者へ、そして徐々に大量移動(パック旅行タイプの)旅行者へと、旅行者の様相も変化していく。

ホエール・ウォッチングの価値を算定するためには、その特徴を記載することが必要で、その中には、典型的なホエール・ウォッチングの状況やツアーの中身(どの種が対象か、何頭目撃されたか、どれくらい近くまで寄ったか、何を行ったか、ナチュラリストは適切な解説をしたか等)に関して、詳細かつ正確に内容を調べることが含まれるだろう。事業者が提供する製品であるツアー内容の記載は、場所によっては、季節によっても、観察方法によっても異なってくるだろう。


4.3. 一般的な算定技法―厚生分析

研究会参加者は、地域社会の便益や経済への全般的な影響を測定するために、すでに確立された様々な技法や方法論を討議した。

経済的厚生を測定するためには、経済学者は仮想評価法(CVM)や旅行費用法(トラベルコスト法、TCM)を一般的に用いる。あまり頻繁には使われないものの中には、ヘドニック価格モデル、ヘドニック旅行費用法、家計生産関数(Household Production Function)、離散型選択モデル(Discrete Choice Model)がある。

4.3.1. 旅行費用法/トラベルコスト法(TCM)

旅行費用法の詳細な説明はDwyer et al. (1977)に見ることが出来る。旅行費用法は、旅行費用がレクリエーション体験の消費において主要な要因であり、レクリエーション参加者の需要関数は個人の旅行費用における変動を観察することによって追跡できるという、仮定に基礎をおいている。旅行費用は人によっても旅する距離によっても変わってくるので、この変動は需要関数を座標上に表してくれる。かなり離れたところから訪れる人々は、多額の旅行費用がかかることから、人数は多くはないだろう。それぞれの地域における人口一人当たりの旅行回数の関数として、その地域の旅行費用、その地域の総人口、代替となる場所のいくつかの計測値、利用者の社会経済的特徴が表されるだろう。その場所へ行くための費用を漸次的に増加させた場合を検討することによって、それぞれの費用における訪問者の総数が決定される。その場所の便益は、それぞれの仮定的な入場料に訪問者総数を掛け合わせることによって(すなわち、消費者余剰の計算)、あるいは需要曲線の積分を算出することによって得られる。

特定のホエール・ウォッチング地点で旅行費用法を実施するに当たっては、そこでの状況が次のような仮定の大部分を満足させなければならない。

 1. 個人は、入場料の増大に対して、旅行費用の増大に対するのと同じように、反応する。
 2. その場所でのレクリエーションが旅行の主要な目的である。
 3. 全てのホエール・ウォッチング参加者がその場所で同じ時間だけ費やす。
 4. その場所へ旅すること自体には、効用がない。
 5. 他に代替となる場所はない。
 6. 適切な需要関数を決定するために十分な、旅行費用の幅がある。
 7. その場所へのすべての需要が満たされる(すなわち、商品に不足はない)。

旅行費用法は実施自体は容易であっても、いくつかの問題があるため、その正確さを減じてしまう恐れがある。まず最初に、旅行時間は旅行客の間で一定ではないし、旅行時間は異なった評価の仕方を受けることがありうる。二番目に、旅行費用モデルにおいてどのような関数を選択するのかは、主観的なものになってしまう。三番目に、代替となる場所が存在せず、まったく影響を受けないような場所はまれである。最後に、多目的の旅行、レクリエーションにおける消費者による投資レベルの影響、旅行地域における異質性、そして混雑といった問題は、旅行費用法による便益分析の中に取り込むのは困難である。そしてまた、旅行費用法は特定の場所に対してのものという意味で、限定的である(すなわち、一回に特定の地点や地域のみを評価できる)。

4.3.2. 仮想評価法(CVM)

時として「直接調査法」として言及される仮想評価法の詳しい説明は、Dwyer et al. (1977)、 McConnell (1985)、 Cummings et al. (1986)、US Federal Register (1993)、そしてUS Environmental Protection Agency (1993)によって提供されている。仮想評価は、特定の資源を利用する活動(例、ホエール・ウォッチング)に対する利用者の評価を引き出す調査や、それらの評価値の予想指標として用いることのできる人口統計資料や人々の活動に関する情報を収集する調査に依存している。仮想評価という言葉は、利用者に向けられた質問が、問題となっている財の市場があたかも存在するように仮想していることから使われている。

仮想評価法では、特定の資源―この場合はホエール・ウォッチング―に対する支払意志額、あるいはその資源の利用を規制することに対して受け入れることのできる補償額を、資源利用者に述べてもらい、そこから価値を推定する。仮想評価法によって収集されたデータは、資源の価値の直接査定値を得るために回答の平均を計算したうえで分析されるか、予測可能性を知るために回答(収入、経験、費用、滞在期間等)に回帰モデルが当てはめられる(Kaiser et al. 1987)。もし参加者が評価される商品について精通していればいるほど、また、彼らがその商品についての選択をした経験があれば、そしてもし不確実性があまりなければ、仮想評価法の正確さは増大する(Stevens et al. 1991)。Loomis et al. (1996)は、仮説的な支払意志額の付け値は実際の付け値よりも、統計的に1.8倍大きいことを報告している。

仮想評価法は他の方法に比べていくつかの利点を持っている。最初に、資源の質的変化を評価することができる。レクリエーション体験のために複数の目的地を持っている旅行に対しても対応が可能である。そして混雑による影響も評価可能である(Dwyer et al. 1977)。そしてまた仮想評価法による質問は、消費的価値、非消費的価値、選択価値、準選択価値、そして存在価値を判断できるように工夫することが可能である。仮想評価法はまた、全般的な活動の価値から野生動物の価値を分離することが可能である(例えば、海洋保護区への一般的な訪問から、ホエール・ウォッチングの価値だけを識別することができる)。そして推定された価値が、その場所だけに結びついたものと考える必要はない。

しかしながら、仮想評価法にはいくつかの理論的実践的欠点も存在している(Dwyer et al. 1977)。Mitchell and Carson (1989; in Navrud and Mungatana 1994)は、可能性のある主要なバイアス(偏り)を書き出している。

 1. ゆがめられた形での回答を引き出す誘因がある場合(戦略的バイアス、そして出資者バイアスや質問者バイアスといった形としての追従バイアス)。
 2. 暗黙に評価を示唆してしまう場合(出発点におけるバイアス、支払いカードを用いた際の範囲バイアス、関係上のバイアス、、重要性のバイアス、そして位置バイアス)。
 3. シナリオ提示の仕方における失敗(快適についての説明や文脈における誤った提示)。

Knetsch (1993)もまた仮想評価法の使用について警告を行っている。彼によれば、仮想評価法は数値を提供してくれるが、それらは経済価値の測定値とは呼べず、調査方法も誘導されやすいものとなっている。彼の仮想評価法批判は2つのバイアスに焦点を当てている。

 1. もし人々がある提示金額を、支払意志額として受け入れるかどうかを訪ねられた場合には、推定値は、「出発点におけるバイアス」としても知られる、「くさび効果(anchoring)バイアス」の影響を受けやすい。つまり、アンケート調査における最初の提示額が高ければ、支払意志額も高く推定されてしまうわけだ。これは、回答者を分けてそれぞれに異なる金額を提示し、それが支払意志額に相当するかどうかを尋ねることによって対処することができる。異なる金額を支払う意志があるとした回答者の割合に注目することにより、支払意志額の平均値を計算することができる。しかしながら、この方法でも問題が残る。自由記入式の手順を用いる仮想評価法に比べると、住民投票型の方法ではたいへん大きな推定値を生み出す傾向にある。

 2. 推定値は「包含効果」の影響を受けやすい。これは、特定の財それ自体が評価されたのではなくて、より包括的な財に対する支払意志額の一部分として、その財に対する支払意志額が推察されたのだとすると、同じ財であっても低い値しか割り当てられないという事実を意味している。Knetsch (15ページ参照)はこのバイアスについてのいくつかの例を紹介している。そのうちのひとつは、ブリティッシュ・コロンビア州の仮想評価研究についての例であり、異なるサンプル集団の人々が、a) 地域の魚類資源の保護、b) 歴史的建造物の保存、c) これら2つとも、に対する支払意志額を問われたものである。回答による推定値は、それぞれ52.35ドル、55.57ドル、そして51.10ドルであった。明らかにこの結果は、評価によって通常期待される結果とは異なってしまっている。同じ財が、単独で評価されるか、より包括的な財の一部分として評価されるかによって、ひどく異なって評価されてしまう例だ。人々は包括的な財に対しても、似たような支払意志額を与えてしまうという一般的な傾向がある。

これらのバイアスがあることにより、仮想評価法によって導き出された推定値を、経済価値の測定値として信頼することに問題が生じてしまう可能性がある。多くの場合、仮想評価法による回答は、何か値打ちのある理由のために寄与するという態度あるいは「温情効果(warm glow)」を示唆するもの、それゆえ倫理的満足を金銭支払いによって手に入れること、以上のものではないように思える。そのような場合、仮想評価法の結果を資源配分の決定や損害評価の道案内として用いることが限定されてしまうし、他の方法によって得られた推定値と比較できる可能性も制限されてしまう。

ホエール・ウォッチングに仮想評価法を用いることに関しては、Loomis and Larson (1994)が最近の議論を報告している。Susan Day (1987)は旅行費用法と仮想評価法の使用について、1980年代半ばにニューイングランドのホエール・ウォッチング産業で応用された例を用いて議論を行っている。最善の仮想評価研究は、研究の実施前に実際の支出額調査を行ったものだと言える。仮想評価法を受け入れるかどうかは条件次第である。一般的に言って米国においては、例えば、オーストラリアよりも仮想評価法は受け入れられやすい。オーストラリアにおいても、社会的影響の少ない査定においては仮想評価法も広く用いられるようになっているので、仮想評価法もだんだんと受け入れられるようになってきてはいる。米国において仮想評価法が広く受け入れられやすくなっているのは、米国環境保護庁に委託された専門家パネルによる評価に負うところが大きい。この専門家パネルの評価は、経済学の主流をなし高い信頼をおかれているノーベル賞受賞者である新古典派経済学者のArrow とSolowの見解に基づいている(US Federal Register 1993)。この専門家パネルによって仮想評価法がある程度承認されたために、多くの経済学者がこの分野の研究を促進し、この技法が確固たる地位を築くことになった。研究会参加者の中にも仮想評価法の使用に関して反対する声もあったが、この技法に詳しい参加者達は、注意深く用いられればホエール・ウォッチングの厚生価値を評価するために役立ってくれるものと考えている。


4.3.3. 費用便益分析(CBA)

仮想評価法を用いずに、格子型リスト(表2)における価値を評価する様々な方法がある。ホエール・ウォッチング産業の総合経済価値(TEV)を測定するためには、費用便益分析を用いることができる。

費用便益分析(CBA)への簡単な入門書としては、OECDの出版物(1986)が勧められる。費用便益分析はまた、必要があれば、後述される採点モデル(scoring models)のようなもっと洗練された技法に置き換えることもできる。

費用便益分析は、いくつかの選択肢のすべての費用と便益を測定しようとするものである。便益と費用が区分されない形で調査結果が出されているため、もうこれ以上付加される結果がないような場合(仮想評価法におけるような場合)には、費用便益の技法は、それぞれの選択肢がいくつかの基準に対して評価される格子型リストを用いたアプローチの代替となる傾向にある。OECD(1986)を一部改変した表1は、伐採と観光という選択肢がある場合の評価マトリックスの簡単な例となっている。実行可能な選択肢は、「プロジェクトなし」、「プロジェクトA」、「プロジェクトB」、「プロジェクトC」という名前で示されている。このような表は、選択肢と交換による取捨選択を明確にしてくれるという利点がある。こういった表はホエール・ウォッチングにおいても適用してみることが可能であり、関係するすべての価値を捕捉するため、必要に応じて詳細にすることができる。

第一段階は、表2(価値の格子型リスト)に列挙されたそれぞれの価値におけるホエール・ウォッチング産業の実績を、基準に合わせて評価するための方法を計画することである。ホエール・ウォッチングを他の利用形態と比較する場合には、価値の格子型リストにおいてそれぞれの価値が持つ基準に従って、選択肢に順位付けをする方法を考える必要があるだろう。

価値の判断は、市場において実施されてはいるが、費用便益分析では欠かすことができない(Pearce 1983)。しかしながら、価値はつねに支払い価格で表現されるものではないだろうし、特に政策レベルで競合する目標の間での取捨選択をする場合には、価値を明らかにすることが不可欠である。それを実施するひとつの技法が、「採点モデル(Scoring Modelling)」である。

採点モデルは、代用となる活動の便益と費用を評価する方法を提供してくれる。政府が次のような選択に直面している場合を想定して欲しい。(a) この地域で捕鯨を続ける、(b) ホエール・ウォッチングとある程度の漁業が行える海洋保護区を設立する、(c) 観光や漁業が禁止されるサンクチュアリとなる海洋保護区を設立する。この選択は、きわめて重大な経済的、生態学的、社会的意味を持つものとなるだろう。それは地域の経済活動、クジラの個体数、ホエール・ウォッチングによって人々が得る便益の程度に影響を与える。

採点モデルは、複数の目的について、それぞれの選択が意味するものを比較する技法を提供してくれる。これまでの費用便益分析とは異なり、採点モデルは貨幣価値の評価をする必要なしに、異なる代替案の長所と短所とを評価することができる。この技法は、それゆえ、代替案の経済的、生態学的、社会的意味の迅速な査定を可能にする。

採点モデルの一般的な方法論は図10に描かれている。原則的には、最初の段階は選択による影響の幅を示してくれる適切な計測値となる、一連の指標を選択することである。この指標は、コンピューターモデル、経験的研究や専門家の判断によって得られることになるだろう。例えば、経済活動の指標は、捕鯨によって生み出される金額や、ホエール・ウォッチングによって生み出される金額となろう。生態学的意味を評価する指標としては、5月に見られるコククジラの数や、クジラの活動に対する人間の影響レベルが含まれるだろう。社会的意味の指標としては、クジラが目撃される数や可能性、教育上の影響、観光客の満足、クジラの肉が消費のために利用できるかどうか、といった側面等が含まれるだろう。

 図10. 資源利用選択肢の様々な要素を組み合わせるための採点モデル


指標は、様々な単位の数値である。比較ができるようにするために、それらは部分指数(partial indices: PI)に標準化される必要がある。この標準化によって0〜1の間の部分指数値が設定され、1はプラスの最大値あるいは、目的達成の最高レベルを意味している。例えば、ホエール・ウォッチングによって生み出されるドルによる指標値は、選択肢(a)、(b)、(c)についてそれぞれ2万ドル、200万ドル、ゼロ、であるかも知れない。標準化の手続きによって、これらは対応する部分指数に直され、それらの値は選択肢(a)、(b)、(c)についてそれぞれ0.01、1、0となる。

二番目の段階では、部分指数はグループ分けされ、対応する指数に組み合わされることになる。例えば、捕鯨によって生み出されるドルとホエール・ウォッチング活動によって生み出されるドルの部分指数は、組み合わされて経済指数となる。同じやり方で、環境指数と社会指数が作られる(図11)。

部分指数を組み合わせる過程では、重みづけをした総計が出される。重みづけ係数は、それぞれの部分指数について認識される相対的な重要度を反映したものとなる。通常の総計手順は加算あるいは掛け算であり、後者では部分指数の低い値が強調されることになる。この段階の最後で、それぞれの選択肢は、経済、環境、社会の3つの指数によって特徴づけられる。

最終段階では、それらの指数がさらに組み合わされて、最終指数または組合せ指数となる。ここでも、重みづけをした総計が出されることになる。この重みづけもまた、認識された相対的重要度や、政策決定上の希望を反映したものとなる。結果として出される組み合わせ指数によって、考慮の対象となっている代替案が比較されることになる。組合せ指数は、内在する優先順位を与えられており、いくつもの目的を総合的に判断する政策決定において、それぞれの代替案がもたらすであろう全般的な達成レベルを反映するものと考えることができる。

図11では、組合せ指数がグラフによって示されているが、その構成を図示することによって情報量が最大となることがわかる。採点モデルを通じて生み出された指数によって、代替案による活動の比較(a)だけでなく、総計段階で用いられた異なった重みづけや優先度に対する、代替案による結果の感応度が評価され(b)、図式的にも効果的ではっきりと示されていることがわかる。代替案がもたらす結果の静的な比較だけではなく、動態モデルを通じて一定期間を経た後の指標を提供することもできる。この結果として、一定期間における代替選択肢の意味を評価し、選択決定による短期的利益と長期的利益との間の相反関係を示す指数が生まれることになる(c)。

 図11. 政策代替案あるいは利用選択肢を比較するための指数の利用;総計手続きにおける重みづけ選択の比較;時間による変化の検討


これまでのところ、採点モデルはホエール・ウォッチングあるいは海洋哺乳類については用いられていないのだが、この手法に関する詳しい情報については、ドイツの農業政策がもたらす農業分野での影響や広い範囲の環境影響を調べるために、この手法を適用させたGreiner (1992)を参照されたい。

4.3.4. 総合経済価値(TEV)を推定するための他の手法、あるいは手法の組合せ

費用便益分析(CBA)、旅行費用法(TCM)、仮想評価法(CVM)の他にも、自然や環境の特質の価値を算定するために、数多くの技法が開発されてきた。ホエール・ウォッチングに適用できると思われる2つの方法を次に述べる。

ヘドニック価格法は、環境の特質に内在する価格を推定するために、それらの特徴が効率的に取り引きされている実際の市場を見ようとするものである(Peirce 1993)。例えば、家/土地のヘドニック価格は、空気の質、騒音、近所の様子等の価値を統合したものである。ヘドニック価格法、そして旅行費用法もまた、環境の特質が市場における選択にこれまで影響を持ってきたと言える状況においてのみ適用することができる。どちらの技法も「顕示選好法*」と呼ばれ、利用便益にのみ結びついたものであり、人々が特定の環境財に対して持つであろう選好の全体像を捕捉することはできない。それぞれの要因が価格に対してどれだけ貢献しているかを推定するためには、多重回帰と呼ばれる統計的手順(データの段階で調査対象となっている変数の影響を定量化する)が用いられることになり、需要曲線を判定するために分析の第二段階が必要となる。

 * [訳注] 「顕示選好法(revealed preference)」は人々が行う経済活動から間接的に環境価値を推定する方法であり、次に出てくる「表明選好法(stated preference)」は人々に直接環境価値を質問する評価方法である。

非市場的な評価分野において新しく登場してきた技法に、離散型選択モデルがある(Morrison et al. 1996)。マーケティング、心理学そして運輸業に関する文献がその始まりであった。選択モデル(Choice modelling: CM)は非利用価値を推定できるものとしては、仮想評価法以外では唯一の技法である。仮想評価法や選択モデルによる推定はいずれも、仮定のシナリオを通じて推定を行う「表明選好法」であり、それゆえ用いられたシナリオにおいては仮想的であると言える。2つの技法における大きな違いは、選択モデルにおいては、いくつかの変数の間に相反関係があるような、いくつかの選択肢の中から、最も好ましいシナリオ一つだけを選ぶように回答者は求められる点である。行われた選択に対してそれぞれの変数がどれだけ貢献しているかを判断するためには、多項ロジット回帰(multi-nominal logit regression)と呼ばれる統計的手順が用いられる。変数の一つとして価格を含むことによって、他の変数の変動と価格との間の関係が導き出され、それゆえ価値の推定がなされることになる。Rolfe (1997)は、動物福祉の状況が異なる農場からの動物製品に対する、消費者の支払意志額を引き出すために選択モデルを適用し、並行して行われた仮想評価研究の結果との比較を行った。仮想評価法では、選択肢の間の相反関係が明確に提示されない状況で人々は選択をするように求められるため、その結果は信頼性に欠けるものとなりうることが示されている。これは、仮想評価法に対する一般的な批判が指摘するところと一致しているものだ。


4.4. 一般的な測定技法―経済影響

この節では、研究会参加者が、ホエール・ウォッチング産業における実際の支出(経済影響)に関連するデータを収集し評価するための方法を検討している。

野生生物資源の経済影響と効率性を測定するという挑戦に答えるために、経済学者はいくつかの評価技法を開発してきた。Fleming and Toepper (1990)は、経済影響の研究に関係する様々な方法やその問題点について、役に立つ概説を行っている。彼らは、直接影響と間接影響、そして誘導された経済影響、および影響がプラスのものとして認識されたかマイナスのものとして認識されたかを判別した。用いることのできる測定技法はたくさんあり、調査、モデル化、専門家の見解、経済的あるいは土木工学、住民投票、そして二次市場手法等が含まれている。

4.4.1. 経済影響調査

経済影響研究においてデータを集めるためには、調査が最も大事な道具である。調査は欠くことのできないものだと言っていいだろう。2つの対象が調査される必要があり、それは観光客(ホエール・ウォッチング参加者)、そしてホエール・ウォッチング産業とそれを支える他の産業である。

ホエール・ウォッチング参加者の調査が最も慎重を要するものだ。支出、旅行期間、出費のパターン、動機についての情報を引き出す仕事は簡単ではない。観光客は必ずしも質問されたがっているわけではないし、秘密にしておく情報だと思っていることは簡単に提供してくれないだろう。協力的な観光客がいたとしても、正確なデータを提供してくれないかも知れない。こうした問題に対抗するひとつの手段として、正確を期し問題となるデータを識別するためには、より多くの人数を対象とした調査を基準として自分が行った調査の位置するところを判断することである。経済学者は求められている調査技法について、訓練を受けているわけではないかも知れない。経済学者には経済学的な設問を考えてもらうだけにしておいて、調査の方法論に関しては社会調査に携わる専門家集団に意見を求めることも一つの案としてある。鍵となる質問の一つは、観光客の参加動機を判別することであり、もしホエール・ウォッチングがなければ彼らはどこに行っていたかを知ることが特に重要である。こういった仮定の質問は、注意深い取組が行われなければ扱い方を簡単に間違ってしまうことになる。

比較においては、事業者側の調査はどちらかと言えば単刀直入なものと言える。産業界としても、調査過程を支持することによって得るものがあると考えるだろう。産業調査での問題は、データが経済状況を正確に反映するように配慮するだ。いくつかの場面においては、誇張して話したり控えめに述べたくなるような動機があると考えられる。ここでもまた、こういった調査の専門家による助言が貴重であろう。他の調査との相互比較もまた、自分が行っている調査が標準に比べてどの位置にあるか判断するのに役立つだろう。

研究会参加者は、これまで使用されてきてはいるものの、場合によっては誤った使い方をされてきた「経済乗数(multipliers)」についての議論を行った。その場の状況に対して、注意深い取組が行われなかったり論理的な判断がおざなりになってしまった場合には、乗数の適用による誤差は大きなものとなってしまう。経済乗数を推定するための最善の方法は、観光客による出費から派生する一連の支出を識別するために、地域の商人に対して徹底したインタビューを行うことから始められる。Wagner (1997)は、観光客による経済影響を推定するために、社会会計マトリックスを用いた信頼性の高い取組を概略している。このマトリックスは、経済の構造を記載して、地域経済のための経済データを総合的に扱うもので、経済乗数の計算を可能にしてくれる。すべてのデータが「ほとんど無の状態から」集められなければならない場合には、ひじょうに時間を消費するものとなりうるが、たいていの場合には、役立つデータがいくらかはあるものだ。

4.4.2. 経済影響:データの情報源および必要事項

ホエール・ウォッチング産業に結びついた実際の支出(経済影響)に関連するデータを収集し評価するためには、多数の情報源がある。これらの情報源のどれもそれだけでは完全な全体像を提供するものではないが、それぞれは他の情報源をチェックするために、そして重大な隙間を埋めるために用いられるべきである。経済学者の役目は、これらのデータから全体像を作り出すことである。情報源は次のようなものだ。

 ●調査や他の方法で接触できる、関連事業群(ホエール・ウォッチング事業者や、ホテル、バス会社など他の事業者)、そして観光客自身(観光客を調査することによって、観光客の利用によってどの企業が便益を得ているか、その種類や場所から予想ができる。そして観光客のデータは次に、どの事業を調査の対象とすべきかの判断を可能としてくれる)。
 ●商工会議所のような企業連合体。
 ●関連産業を担当する部局、国家統計局、財政、財務、税金を担当する部局等といった政府部局。
 ●地方政府の税務担当局、企画部門、環境部門、開発担当官や提携機関。
 ●マーケティング目的で実施される観光調査のような、私企業による事業調査。
 ●小さな観光関連事業の多くに対して供給源となっている大企業。
 ●サービス業に関する学校、ビジネス・スクール、経済専門学校にいる地域の研究者。
 ●大学や政府部局にいる経済学モデルの提供者(彼らの情報源やデータの構造に関する知識はかなりなものになることが多い。彼らはまた適切な「投入―産出マトリックス」を作り出してくれる)。
 ●比較の目的で使える一連の類似データを提供してくれると考えられる、他の場所や地域。

必要となるデータは研究によって異なるだろう。観光客や企業からの基本データには次のような事項(表6)が含まれるだろう。ここまで詳細なレベルのものが手に入ることはあまりないだろうが、試してみる価値はある。

 表6. 経済影響を測るための観光客データと企業データ


4.5. 一般的な測定技法―社会影響

ホエール・ウォッチング観光の結果として生じる社会影響を注意深く記録することは、経済影響や環境影響の情報と同様に、きわめて重要である。この目的のためには数多くの技法が利用できる。その中には、個人的な意見に基づく調査、社会会計マトリックス、文化上の変化の歴史的評価などが含まれる。数多くの研究が、いろいろな設定と状況における社会変化を報告している(例えば、Cheng 1980、Kariel and kariel 1982、Dogan 1989、Grahn 1991、Raval 1992、Mansfeld and Ginosar 1994)。


4.6. 一般的な測定技法―環境影響

ホエール・ウォッチングを原因として起こる環境影響は様々なやり方で計測することができる。そのうちのいくつかは、『ホエールウォッチング管理の科学的側面に関する研究集会報告書*』(IFAW, Tethys & Europe Conservation 1995)において詳しく論議されている。本研究会の参加者は、環境影響を「費用」としてみることにした。費用の評価を行うことは可能である。例えば、陸上におけるホエール・ウォッチング活動は、ボートを用いた活動に比べれば、その環境費用は低くなるだろう。潜在的な費用を計算するためには、「ハラスメント指数(harassment index)」を考案することが可能だろう。これは、例えば鉱物資源管理調査(Richardson and Malmp 1993、 Richardson et al. 1985、 Richardson et al. 1986、 Richardson 1995)のような分野における、他の研究での直接妨害効果と相互比較を行うことが可能だろう。ハラスメント指数に具体的な数字を当てはめるのは難しいが、ハラスメント(いやがらせ)となる可能性を持つ主要要素を列挙することはできる。

 * [訳注] 日本語訳も「国際動物福祉基金(IFAW)」から小冊子として発行されている。

ホエール・ウォッチング事業の観点において、本研究会参加者は質の低下を招いてしまう恐れのある2種類の問題を識別した。すなわち、観光の質の低下と環境の質の低下である。両者とも、観光管理の問題であると言える。観光のために地域は変化する。そしてこの変化は、産業の質的評価を行う場合には困惑させる要因となってくる。
 
環境アセスメント(影響評価)では、次のような3つの面において環境変化の役割を考慮に入れる必要がある。(1)生態学的持続可能性(世代間の公正のため)、(2)環境の快適性(快適さのような一般に享受される特徴を環境が保持するように図るため)、(3)干渉価値(ある地域が人間による影響を受けずに保たれるようにすること)。

経済分析において、資源の経済価値を評価するために厚生技法を用いることの一番大きな問題は、この取組が根本的に持っている欠陥であると言える。すなわち厚生技法では、我々が今日使用している資源を評価するに当たって、将来の役割を考慮に入れていない。現在運営されている最も効率的な(金融市場のような)市場においてさえも、同様の欠陥が存在している。この欠陥は技術的な修繕によっては解決されない。これは、厚生分析を含んだどのような財やサービスに対する市場においても、将来は存在していないという事実に起因している。将来世代はまだ生まれていないからだ! 

もし将来世代が、財やサービスに対する市場に存在することができるか、厚生調査に参加することができるのであれば、彼らは現在の価格に影響を与える将来の需要や供給に関する知識を提供してくれるであろう。すべての世代が存在することになるので、市場価格は、供給と需要における長期にわたって起こりそうな発展を内在化するものとなるだろう。その結果として、仮想評価法や他の技法によって算定された厚生価値は、生態学的資産やそれらのサービスに対する、すべての世代の選好を反映したものとなるだろう―こうして、世代間の公平の問題は取り除かれる。しかし、もちろんながら、将来世代は参加できないし、我々は生態学的資産の将来価格を予想するように強いられているわけだ。 

現在の世代の選好に基づいた価格の評価は、偶然によってしか「正しい」世代間価格になることはない。その結果我々は、将来のすべての世代が環境から必要なものを得るチャンスを最大にするように、経験に基づいて正しいと思われるルールを作り出す必要がある。こうして編み出されたルールが、生態学的な持続可能性という考え方である。これは、生態学的な資産を持続的に利用することにより、将来世代が必要とする道具を確保するというものだ。そのために現在世代が払う価格は、生態学的資産の基礎を損なわないように、ある程度の制限を持って行動することだ。この理由から、ホエール・ウォッチングの環境影響の計測は、―中心課題として―人間活動の持続可能性の目安となる計測値を提供すべきである。我々は、産業活動を持続的な軌道上に維持しなければならない。  

生態学的に言えば、持続可能性とは最低限でも生態学的システムが機能し続けるような(すなわち、前に議論された生態学的な機能の価値と同じもの)実際的な産業発展の軌道を探すものである。何が持続可能なのかを定義することには問題があろうが、この概念は広く受け入れられ理解されていると考えることができる。持続可能性の背景にあるもう一つの考え方は、環境の持続可能性を損なういかなる選択も―現在世代の選好による支持に関わらず―除外することである。

持続可能性の問題を扱うことによって現在世代による利用が持続的であるようにしたうえで、第二の問題として我々は快適性を扱う必要がある。環境の最も貴重な側面の一つは、環境によって提供される快適性である。これは審美的なものとなる場合もあれば、他の形態もとりうる。生態学的システムの快適性は重要だ。同様に、干渉価値の役割も重要である。人間による干渉がされていない場所に対する一般的な好みというのはあるだろう。特定地域がこういった側面を持つことについても、環境アセスメントにおいて考慮されなければならない。 

最後に、第3章3.3.で議論されたように、ホエール・ウォッチングからは多くのプラスの影響がある。そのいくつかは、一般市民の教育、有益な科学的情報の入手、ホエール・ウォッチングが環境変化の監視役として果たす役割等といった、環境上重要な意味を持っている。これらのプラスの影響もまた、測定されるべきであり、費用に対しては重みづけがなされるべきである。 


4.7. 調査設計と他の必要条件

ホエール・ウォッチングおよびホエール・ウォッチングが行われている場所の徹底した研究を行うためには、調査設計がきわめて重大となってくる。報告書におけるすべての計算や結論は、初めの調査作業の質に依存してくる。ホエール・ウォッチング産業の研究においては、異なった専門職業の協力を大部分が必要とするだろう。しかしながら、調査の専門家達は必ずしも直接調査チームに加わる必要はない。調査の設計という初期段階において、十分な参加の仕方をしてもらい助言をしてもらうことが望ましいだろう。

調査設計の一部として取り組むべき多くの問題がある。
 
 ●調査上の質問が尋ねられる時、その質問がどのように尋ねられるかが極めて重要である。クジラについての問題は、感情に訴える特質を持っているため、人々は質問に答える際にしばしばその価値をふくらませてしまいがちだ。ホエール・ウォッチングの価値を定量化しようとしている際には、できる限り現実(真実)に近づけた答えを得るようにすることが重要である。回答の中にバイアス(偏り)がかかる可能性があることを意識する必要がある。アンケートと調査過程の設計には、これらのバイアスを考慮に入れなければならない。
 
 ●調査設計ではまた、利用価値と非利用価値のどちらを対象としているのかを考える必要がある。非利用価値を扱う測定技法を実施する人々は、調査上の問題に対処するためにしばしば事前準備を行っている。しかしながら、これまで利用価値を扱ってきたという専門家は、こういった非利用価値の調査上の問題には対処できないかも知れない。
 
 ●調査を設計するにあたっては、専門情報の必要性を認識しなければならない。調査に関する専門情報は、政府の統計局や観光局、マーケティング会社、広告代理店、観光経営学校、米国国立公園局のような国立公園関連機関、世論調査機関、そして「世界観光協議会(the World Travel and Tourism Council: WTTC)」等で見つけることができるだろう。
 
 ●いつどのようにして調査を実施するかは、調査場所やその地域の文化によって異なってくる問題だ。記憶の問題があるので、ホエール・ウォッチングが行われている現地での質問が望ましいと、研究会では提案されている。現地での質問がいつも実際的であるとは限らないだろうし、状況によっては出口調査(例えば、バス旅行や空港において)が実施されうるだろう。国によっては、アンケートを実施することが容易かどうか、また回答内容についても大きな幅があるだろうことが言及されている。例えば、許可を申請する際に添付される規則的な調査に、質問を組み込ませてもらうことも一つのアイデアだろう。

 ●たくさんの人々を調べるために比較的簡単な調査を行うか、少ない人数をじっくりと調べるかは、(すなわち、望ましい統計的有意レベルに到達するために)調査状況においては典型的な相反関係にある問題だ。質の高い調査をする必要性とより大きなサンプル数を確保する必要性との間のバランスを最適なものとするためには、「調査範囲」対「調査の質」の相反関係を慎重に検討する必要がある。
 
 ●データ収集の際には、データの情報源、サンプル抽出のための戦略、望まれている結果はどのようなものかといった事項を注意深く考慮してみる必要がある。全人口を対象とするのでなければ、ランダム抽出を通じて代表的なサンプルを得ることが重要である。
 
 ●望まれる調査サンプルの大きさは、データ収集のために利用できる時間と予算に左右されるものだが、しばしば基礎的な統計計算に基づいて、「最小統計誤差(minimum statistical error)」の望ましいレベルが選択される。例えば、もし質問が「はい」か「いいえ」で答えるもので、統計誤差が5%以下である信頼限界95%の結果を得ようとするならば、384名の回答者数が必要となる。
 
 ●調査で得られた結果を、同地域や同じ国内でのより大きな対象の調査報告と比較する、ベンチマーク調査―はデータの妥当性を検討するために役立つ方法である。
 
 ●調査対象の空間的規模は、調査目標に合うように設定されるべきである。もし調査が国中における経済影響を調べようというものならば、データは国中から収集されなければならない。そのような場合には、最寄りの空港における事業への投入(インプット)や、調査対象産業が位置している漁村における事業投入についても理解する必要がある。
 
 ●調査から最善の結果を生み出すための費用のかからない確実な方法は、これまでに行われた良い調査例から、問題点、エラーの原因、独創的な着眼点等を学ぶことである。準備段階において、他の調査を検討することから始めるのは賢明である。
 
 ●事前または予備調査を実施して、検定を行ったり本調査を調整することは、やってみる価値があるだろう。専門家による調査研究でも、予備調査ははしばしば行われている。
 
 ●費用を削減し、データの信頼性や比較可能性を改善するためには、国内や地域内の別の調査チームとの間で協力を行うことが考慮されるべきである。
 
 ●観光や国民経済計算に関する調査データが利用できる場合には、それらはホエール・ウォッチング調査のための背景資料として役に立つだろう。

 ●調査作業においては、文化的に微妙な問題を意識することことの重要性や、言語上の困難に対処する必要といった問題がある。地域で活躍している専門家の助けが必要となることが多いのは、こういった問題に対処するためである。