『湿地の経済評価〜湿地にはどのような価値があるのか』
日本語版 (2000)
釧路国際ウェットランドセンター
"Economic Valuation of Wetlands: A Guide
for Policy Makers and Planners"
by Edward B. Barbier, Mike Acreman, Duncan
Knowler (1997)
Ramsar Convention Bureau
概要
この本は、湿地を経済的に評価することにはどんな可能性があるのか、そして、どのように湿地の経済評価が行われるべきかという問題に関して、行政や研究者、湿地保全に関わる人々にヒントを提供したいという目的で書かれたものだ。一般の人々にとっては、生態系を経済評価するという考え方にとまどいを覚えるかも知れないが、すでに世界中で数多くの湿地について経済評価が実施されてきているのだ。中心となって活躍している経済学者は、「美しい自然があることによる喜び」といった審美的要素や「自然の中にいる快適さ」といった、環境の手に直接取ることのできない側面を評価するためにいくつかの方法を生み出してきた。しかしながら、この分野で湿地に関する文献を集めて、共通の取組み方法を総合的に説明し、世界中の湿地管理において、経済評価が実際に役立つものであることを示そうとした者はいなかった。こういった背景からこの本は生まれたのであり、様々な評価方法の詳しい説明と湿地評価研究の具体例とともに、評価結果を具体的に湿地に関わる政策決定の場において役立てるための指針が提供されている。
湿地は地球上の最も生産力の高い生態系のひとつである。湿地は、水や化学物質の循環において果たしている機能から、『景観における腎臓』と呼ばれることがある。また、湿地が広い範囲の食物連鎖を支えており、豊かな生物多様性を持つことから、『生物学的スーパーマーケット』と呼ばれることもある。本書の第1章では、湿地生態系の特徴が構成要素(土壌、水、植物、動物)、機能(栄養循環、地下水補充)、そして属性(生物学的多様性)とにグループ分けされている。こういった特徴にも関わらず、人類の歴史の中では、これまでに多くの湿地が不毛の地として扱われ干拓されてしまったり、劣悪化してしまった。こうして、湿地保全と湿地の賢明な利用や管理を促進しようと、国際的に重要な湿地に関するラムサール条約が創設された。
第2章では、政策決定において経済評価が果たす役割が説明されている。多くの開発計画の決定が、経済学的見地に基づいて行われていることは間違いない。人間は湿地から様々な恩恵を受けているが、これは経済学用語で便益と呼ばれている。湿地がどんな便益をもたらしているのかを明らかにし、次にこれらを具体的に数値で表すことができれば、湿地の開発と保全とを比較することもできるようになるだろう。そのための方法を提供することによって、経済評価は、世界的な湿地資源の賢明な利用と管理の助けとなり、現状改善のための強力な道具となってくれるだろう。過去においては、湿地が提供してくれる生物学的資源、生態学的貢献や快適さといったものの価値の多くは、売買されなかったため、価格をつけることが困難だ。しかし、このために湿地は過小評価されてきた。ラムサール条約では、湿地が価値あるものであり、保全され賢明な利用をされるべきであることを実証するために、経済評価を試みることが奨励されている。
第3章では、湿地利用のいろいろな選択肢がもたらす経済的な純益(正味の便益)を推定するための、経済評価の枠組みが説明されている。評価の第1段階では、評価の目的あるいは何が問題となっているかを明らかにして、3つの分類群―すなわち、影響分析、部分評価、あるいは総合評価―の中から適切な取組み方法を選択しなければならない。第2段階では分析の対象範囲、制約、そして必要となる情報とを判断しなければならない。第3段階では、最終的な評価手法とデータ収集の方法が決められる。
湿地の経済評価の具体例を知ってもらうために、第4章では6つのケーススタディが提供されている。西アフリカのナイジェリア北部にある氾濫原、北米のプレーリー大草原に点在する湿地、イングランドのノーフォーク湖沼地帯とスコットランドの広大な泥炭湿原の例、そして、スウェーデンの湿地は有害な窒素を削減してくれる。海岸地帯の例としては、米国南東部の沿岸湿地とインドネシアのマングローブ林保全の例があげられている。これらの事例は、地理的にも様々な地域で、異なる種類の湿地を扱っており、幅広い評価手法を実際に現場で用いた例となっている。すべての湿地ですべての手法を用いたものとは言えないが、ここに挙げられている研究例を検討することによって、いくつか注目すべき点が出てくる。まず第1に、生態学的機能を評価することが目的の場合には特に、生態学的アプローチと経済学的アプローチを組み合わせることが不可欠である。このためには、複雑な数学的モデルを作ればいいというものではなく、生態学者と経済学者が長期にわたって協力し合うことが必要となってくる。次に、これらの研究からわかることは、評価は終着駅ではないということだ。つまり、経済評価をやったらおしまい、というのではなく、その結果を政策のレベルにまで発展させなければ意味がないということだ。政策レベルで必要なことは、例えば、単に湿地の重要性について人々の意識を高めることや、様々な湿地利用案―湿地保護はいくつかの選択肢のひとつに過ぎない―の中から選択を行うことまで含まれた、広い範囲のものとなるだろう。
第5章では、経済評価を計画して実施するためのガイダンスが提供されている。ここでは第3章で説明される3つの段階を、さらに7つのステップに細かく分けている。すなわち、1)
適切な取組み方法を選択すること;2) 湿地地域の範囲を定めること;3)
湿地の構成要素、機能、属性とを識別して優先順位をつけること;4)
これらの構成要素、機能、属性を湿地の利用価値と結びつけること;5)
必要となる情報を明確にし収集すること;6)
経済価値を定量化すること;7) 経済価値を適切な枠組み(例えば、費用便益分析)の中に当てはめること、となっている。さらに研究には何が必要となってくるか、そして参考のために架空の湿地の例を用いて、技術コンサルタントを募集するために必要な業務内容の説明も提供されている。さらにここで強調されているのは、政策決定には経済評価の結果だけではなく、当然他の要素(政治的、社会的、歴史的、生態学的な要素)も考慮に入れなければならないことだ。その一例として、最後に、希少生物種が危機にさらされている場合の考え方も示されている。
第6章では、今後この分野で必要となってくる行動についての勧告が示されている。これらは次のような必要性を強調している。地域ごとに経済評価を促進すること;学際的協力を押し進めること;研修や組織内の人材育成に力を入れること;経済評価の理論と実際について調査を行うこと;アイデアや評価手法を行った経験に基づく知見を交換するためのネットワークを確立すること。
本文の後には用語解説、引用文献及び参考文献のリストがある。付表1〜3には次のような内容が掲載されている。湿地の様々な構成要素、機能、生産物の説明;
経済査定枠組みの比較表; 湿地の経済評価に用いられる評価技法の長所と短所を説明した表。
参照: 『ホエール・ウオッチングの社会経済的価値』