ラムサール条約における湿地の賢明な利用

 ラムサール条約第5回締約国会議が1993年に釧路市で開催された。この釧路会議の中心テーマが、湿地の「ワイズユース=賢明な利用」であった。賢明な利用に関する歴史的な考え方、ラムサール条約における考え方を私なりに説明したいと思う。
 ラムサール条約の正式名称は、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」だが、若干長いため、1971年にこの条約が採択されたイランの町の名前をとって「ラムサール条約」と呼ばれている。
 1971年、日本では環境省の前身「環境庁」が7月に設立された。この年の2月に、世界最初の地球規模の国際自然環境保全条約としてラムサール条約が誕生した。誕生までにかなりの時間がかかったが、条約自体は極めてシンプルだ。その後、ワシントン条約や、最近になって生物多様性条約等ができた。

1. 湿地とは? 湿地に依存する生物と人間による利用
 国際自然環境保全条約というと、大変な勉強をしないと理解できないと思う人もいると思う。私の手元に1枚の紙があるが、目本語版のラムサール条約条文の全文だ。右下にある第6条は締約国会議について記載されており、ここから後は事務的手続きを説明している。つまり、大事なラムサール条約の精神は、この右側半分だ。ラムサール条約に詳しくなりたい方は、この1枚の紙をインターネットからプリントアウトするか、本や資料から拡大コピーをするなどして、枕元において毎日寝る前に少しずつ見れば、1週間で専門家になれると言っていいだろう。
 第1条には、ラムサール条約が対象としている湿地の種類が述べてある。条文の中ではこれからお話しする分類の仕方はされていないが、3つに大別して考えることができる。内陸あるいは淡水の湿地は、日本で一番最初に思い浮かぶ「湿原」をはじめ、「湖沼」、「河川」等が挙げられる。それから海岸域・沿岸域は、塩水から汽水の湿地として、「汽水湖」、「干潟」、「マングローブ林」、「珊瑚礁」が含まれる。そして、人工湿地として「水田」や「ダム湖」が挙げられる。ここで気をつけなければいけないのは、条約では、人工湿地も湿地の一つとして位置づけているが、条約のこれまでの話し合いの中では、「人工湿地は決して自然湿地の機能の代替となるものではない」と言われていることだ。
 まず、ラムサール条約の中身を復習してみよう。最初に湿地とは何か、湿地に依存する野生生物、人間との関係等が非常に複雑であるということを、写真からイメージしていただきたい。これはスウェーデンの写真だ。ラムサール条約のことを知らない人が、「この写真のどこに湿地があるのか」と聞かれると、日本では湿地というとまず湿原が思い浮かぶことから、「多分、茂みの後ろに湿地があるのではないか。」と答える人がいるかもしれない。しかし、ラムサール条約では、湖自体や湖周辺の植生、さらにその周辺にある森林も含めて、あるいは森林を集水域の一部と考え、写真に写っている全てを湿地として考えることが可能だ。
 次はドイツのエルベ川の氾濫源で、ここでも写真に写っているもの全てが湿地だ。アメリカのシャイアン低地にある湿地で、このように水鳥がいると分かりやすくなると思うが、これも全て湿地だ。中米パナマにある干潟。これはインドネシア・イリアンジャヤのマングローブ林で、次はカリブ海の珊瑚礁だが、ラムサール条約では珊瑚礁も湿地の中に含めて考えることになっている。湿地には様々な野生生物が生息しているが、水鳥、特に渡りを行う鳥は、国際的な協力が必要なので、長い間水鳥を中心に話し合いが進められてきた。しかし、それ以外にもたくさんの生物が生息しており、湿地全体を生態系として考えていくことが、ラムサール条約の基本的な趣旨になっている。
 これはインドネシアのゴーストクラブというカニだ。こちらは毒々しい色をしているが、スイスのイモリだ。次の写真には、湿地に依存している野生生物、湿地の生物が2種類写っている。カメとその甲羅の上でひなたぼっこをしているトンボ、これらも湿地に生息している生物だ。また、日本にはワニは生息していないが、ワニも湿地に依存している生物で、湿地を住みかにしている。アフリカにいるカバは、夜になると危険で、カバに踏み殺された人間の報告もある。カバも湿地を生息地として利用している動物だ。
 動物以外でも、様々な植物、美しい花を咲かせる植物が湿地に生息している。忘れてならないのは魚類だ。ラムサール条約第6同締約国会議は、1996年にオーストラリアのブリスベン市で開催され、登録湿地を選定する際には、魚類に注目すべきだという基準が新たに加えられた。
 中米のマングローブ林、木の根っこの間に隠れ場を求めて集まっている魚の写真だ。魚が集まってくると、当然人間は昔から利用してきた。これはネパ一ルでの伝統的な漁法だ。勢子になっっている人たちが魚を追い込み、ゴザのようなものを使って魚を集めて獲っている写真だ。次は香港のマイポというラムサール条約登録湿地だ。この場所は環境教育の盛んな場所として有名で、一部でエビの養殖も行われており、ワイズユースの好事例と考えられ、海外からたくさんの人が訪れている。地元の環境教育や中国政府職員の研研修の場としても利用されている。特に私たちが住んでいる東アジアでは、水田が生態系として非常に重要な役割を果たしている。人工湿地ではあるが、湿地に依存している生物が長年利用してきたことから、今後とも水田の役割を考えていく必要がある。
 次はバングラデシュのマングローブ林で、かなり太い木を伐り出し、いかだにして運搬している。人間の利用の仕方は様々で、建築材や料理用の薪にして売る。東南アジアにはエビの養殖池がたくさんあるが、バングラデシュでは養殖池造成のためにマングローブ林が破壊されたため、サイクロンや暴風雨時における内陸部の損害が著しくなり、バッファー(緩衝)、すなわち嵐に対する防御としてのマングローブ林が見直されている。また、マングロ一ブ林の経済価値についても、改めて見直しが行われている。
 東ヨーロッパで、屋根用に使うヨシを集めているところだ。次はカナダで、一部機械を使用しているが、マコモを採取しているところだ。マコモは日本の登録湿地、伊豆沼でも皆さんが協力して植えている。それから、次はパキスタンのラムサール条約登録湿地に行って、バードウォッチングをしている写真だ(Fig.1)。資源を湿地の中から外に運び出して利用するほか、このように直接消費しないで利用することも湿地では行われている。
 人類は、湿地を伝統的に長い間利用してきたが、近年、過剰な利用、賢明でない利用を世界各地で行ってきた。それが余りに目立つことに人々が気づいたため、世界で最初のグローバルな意味での自然環境保全条約、湿地を守るための条約「ラムサール条約」が誕生した。条約の誕生は、言いかえると、世界中で湿地の破壊がひどかったからだと言えるだろう。1971年にラムサール条約が誕生する際に、「ワイズユース」という言葉をこの条文の中で使った。賢明な利用とは、つまり、人間が利用し続けると共に、その湿地の生態系としての価値を守り続けることだ。賢明な利用をするため、みんなで知恵を出し合うことを提言した。
 賢明でない利用の例をいくつか照会しよう。これはフランスで、湿地がゴミ捨て場になっている。次はインドで撮影されたもので、汚濁した工場排水が湿地の中に流されている。途上国では、水質汚濁の防止に対する協力が必要になる。先程の写真は、湿地の中に外から汚れた水が流入している写真だが、それとは逆に、湿地の水を外に放出して開発したり、あるいは外から土を搬入して湿地を埋め立てることが、かなり古い時代から世界中で行われてきた。
 湿地がうまく守られた場合でも、問題が起こることがある。これはカナダの写真だが、ラムサール条約登録湿地の周辺は、既に開発されて農地になっており、保護されている水鳥が、周辺農地で農作物被害を出した場合どうしたらよいか、いろいろな所で話し合われている。本シンポジウムにおいて、北海道の方から関係した話があると思う。
 さて、ラムサール条約は、このようなことを話し合う場所を提供してきた。これは、1999年に中央アメリカのコスタリカで開催された、ラムサ一ル条約第7回締約国会議の写真だ(Fig.2)。「COP7:ラムサール条約第7回締約国会議」の垂れ幕、こちら側に2名写ってるのが、右側にいる若い男性はラムサール条約事務局の前同僚で、イギリス人のティム・ジョーンズさん。それから左側は、アメリカ政府の代表として6年問ラムサール条約常設委員会の議長を務めていたラリー・メイソンさんだ。

2. ラムサール条約加盟国の義務
 ラムサール条約の中身に関して、もう一度みてみたい。ラムサール条約は、紙1枚でシンプルだと言ったが、逆に言えば奥が深く、みんなが話し合ってどのように活かしていくのかを考える条約だ。国際的な環境条約の中で、これほど短いものはそう滅多になく、環境条約、あるいは国際的な環境問題を勉強する方には、入門として勉強するのに適している。第1条は対象とている湿地の定義だが、第2条~第5条は条約の関心部分で、締約国(加盟国)の責任・義務を説明している。

ラムサール条約加盟国の義務   
第2条 登録湿地の指定
第3条 湿地の賢明な利用の促進
第4条 保護区設立と研修実施
第5条 国際協力の促進
  (1) 国境を越えた湿地
  (2) 国境を越えた湿地資源
  (3) 政府間援助       

 第2条は登録湿地を指定することについての説明となっている。ラムサール条約に加盟する際の義務は、1か所の登録湿地を選定して、それと共に加盟することだ。日本の場合、1980年に日本政府としてラムサール条約に加盟する際に、第1号の登録湿地として釧路湿原を指定した。現在までに11か所の登録湿地を指定している。
 日本は国自体が小さいが、デンマーク等日本より小さくても、数多くの湿地を登録している国はたくさんある。先進国の中では、残念ながら日本の登録録湿地の数は少ない方だと言える。
 第3条はワイズユース(wise use)、賢明な利用ということが書かれている。しかし、ラムサール条約の和文を見ても第3条には「賢明な利用」という日本語は出てこない。日本がラムサール条約に加盟する以前に、外務省が訳したものが、現在も使われているが、その当時、「賢明な利用」という言葉がまだ一般的ではなかったので、「適正な利用」という言葉が使われている。
 しかし、「適正な利用」を英訳すると、アプロプリエィト・ユース(appropriate use)となり、少し意味が違ってしまう危惧があった。そこで、釧路会議では「賢明な利用」とすることが政府内で話し合われ、今では「賢明な利用」という言葉が一般的になった。このような誤解を避けるために、日本でもそのまま「ワイズユース」という言葉が使われる。
 第4条は、自然保護区や研修等について書かれている。日本の場合、必ず保護区に設定してから登録湿地の指定に向けて動くため、保護区の問題はクリアしている。研修について、特にアジア地域では、湿地を管理する人手や予算が不足しており、専門家も足りないので、多くの方々が湿地保全の研修のために来日されている。この件に関して、本シンポジウムでどなたかから報告があればと期待している。
 4番目、第5条は、国際協力についてだ。条文の中には細かいことは書いてないが、その後の話合いの中でいくつか考え方が提示されたので、簡単に説明する。歴史的に3つに分けて考え方が提案された。日本は、列島として海の中で独立した国だから、国境を越えた湿地には直接該当しないが、例えばヨーロッパでは、スイスとフランスの国境にまたがっているレマン湖を、スイス政府、フランス政府との間で協力し合って保全を考えている。また、ハンガリーとオーストリアが、国際的に協力し合っている等、ヨーロッパにはたくさんの事例があります。東南アジアにおいても、例えばメコン川流域の国々が協力し合っている。
 それから国境を越えた湿地資源の保全だ。湿地資源とは、代表例は渡り鳥だが、国境を越えて移動する動物、これに関して国際協力を行うという考えで、ガンカモ類重要生息地ネットワーク推進等、日本もアジアに関して中心的役割を果たしてきた。
 3番目の政府間援助も目本は積極的に実施しているが、二国間、多国間の援助、先進国として途上国の湿地問題に関して協力している。二国間というのは国と国の問で直接、多国間というのは例えば国際的な機関を通じてになる。日本はそれぞれ頑張っていると思う。

3. 世界の登録湿地
 ラムサール条約の4つの義務の中で、これからワイズユースの話をしますが、ラムサール条約の登録湿地についてもう少し触れておきます。ラムサール条約事務局はスイスにありますが、条約事務局では、ヨーロッパ各地の湿地を実際に職員が見聞する研修旅行を年1回程度実施した。南フランスにあるカマルグという登録湿地をこの研修旅行で訪れた。ここでの間題は、周辺にある農家の人たちとどう協力関係を築いていくかという点で、たいへん参考になった。
 釧路会議に向けて、ラムサール条約では世界各国からラムサール条約の登録湿地、あるいはそれ以外の湿地でも、ワイズユースの好例だと思える事例を世界中から募り、分析を行った。そしで、釧路会議の直後に、ワイズユースの事例研究

集として出版した。
 この中には、フランスの例一カマルグの例ではないのだが一やはり地元の人々との話し合いが、ワイズユースに関しては重要だと提言されてる。
 次の写真は、この事例集の中に入っているが、ドイツ、オランダ、デンマーク3か国にまたがっている西ヨーロッパ最大の干潟、ワッデン海だ。このワッデン海を3か国で協力して守っていこうという体制づくりが、ワイズユース事例となっている。先進国、工業国にある干潟だから、工場排水や観光利用、タンカーの座礁等、いろいろな問題が起こっていたが、これらに取り組む体制を作ったので、ワイズユースの研究事例として載った。先程はオランダから見たもの、これがドイツ側から見た写真だ。この春、デンマーク側からのワッデン海を視察することができたが、デンマーク政府の方にお話をうかがったら、この3か国の協力はデンマークが最初に言いだしたことだと、たいそう自慢していた。
 スペインのドニャーニャ国立公園では、オオヤマネコの保護活動が行われている。この上流域でヨーロッパ最悪とも言われる工場事故が起こり、排水が流れてしまった。それをどのように問題解決するかは、来年11月にスペインのバレンシアで開催される第8回締約国会議で、スペイン政府からも帳告があると思う。かなり危機的状況に陥ったという話を聞いている。
 釧路会議の前、第4回締約国会議は1990年に、ジャズフェスティバルで有名なスイスのモントルーで開かれた。このモントルー会議では、危機的状況にある、あるいは問題解決のために国際協力、あるいは当該政府のさらなる努力が必要とされている登録湿地をリストアップしたもの、すなわちモントルーレコードと呼ばれるリストが採択された。このモントルーリストにあるギリシアの登録湿地はかなりの危機的状況にあるため、釧路会議でもギリシア政府に向けて、さらに事態改善のために頑張ってほしいという趣旨の勧告案が提出され、採択された。
 北アフリカでは、チュニジアという国にイシュケルという登録湿地がある。この湿地は、ラムサール条約の登録湿地であると同時に、世界遺産にも指定されている。ラムサ─ル条約の登録湿地になっていて、世界遺産にもなっているのは世界中に数カ所あり、ここはそのうちの一つだ。周りはかなり乾燥地帯が広がっているが、この登録湿地・世界遺産があることによって、周辺の農業、地下水の供給に役立っていることがわかり、ここでも環境経済学的な研究が行われている。
 西アフリカ、モーリタニアの沖合には、西アフリカ最大の干潟バンク・ダルガン国立公園がある。この干潟とヨーロッパで最大の干潟ワッデン海を渡り鳥が移動しており、ヨーロッパとアフリカを通じたネットワークにより、水鳥や湿地を守っていこうという動きが続けられている。
 東アフリカ、ケニアにはナクル湖というケニア最初の登録湿地となった国立公園がある。人類学者としても有名なリチャード・リーキーさんがケニヤ政府の野生生物局長をしていた当時、彼からナクル湖の上流域に日本政府の援助で巨大なダムを建設する予定だという話をうかがった。そのダムができると、水位が9m上がってナクル湖の生態系は完全にに変わってしまうとのことだった。関係当局との間での話し合いの場を作ってほしいと、ラムサール条約事務局へ要請がされ、その後の話し合いでこのダム計画は中止になりました。この問題を心配した関係者が集まり、日本の外務省の方も参加して祝杯をあげたが、あれは本当に嬉しい瞬間だった。
 もうひとつ私が関わった例だが、アフリカ南部にマラウイという小さな国がある。マラウイは最近ラムサール条約に加盟して、登録湿地をひとつ指定した(Fig.3)が、まだ看板があるわけではなく、地元の人もラムサールという名前は聞いたこともなく、首都にいる政府の担当者だけが知っているようだった。このようにまだまだこれからという場所も、世界中にたくさんある。

 カナダにはウッド・バッファロー国立公園をはじめ広大な湿地がある。カナダ政府からの国別報告書によると、(湿地の定義にもよるが)内陸の湿地に関して、世界の湿地の4分の1はカナダにあると説明されている。また、カナダ政府は国内の湿地を守るために最大限の努力をするため、世界で初めて、国として湿地を保護するための国家湿地政策を採択した国でもある。
 今年9月に行ってきたアメリカのエバーグレーズ国立公園は、ラムサール条約の登録湿地であると同時に、世界遺産にも指定されている。しかし、危機的状況にあるため、ラムサール条約におけるモントルーレコードに記載されている。上流域で農業、そのほか様々な開発が行われ、どんどん水を途中で搾取してしまうので、エバーグレーズまで必要な水,が行かなくなってしまった。
エバーグレーズの上流域を車で走ると、地平線のかなたまでサトウキビ畑、あるいは日本でも有名なレモンやオレンジの柑橘類の果樹園が広がっていて、これでは水は南部まで行かないと思った。現在、連邦政府とフロリダ州政府が協力して、世界最大の湿地再生事業を行っている。
 この写真を撮影したのは9月12目だ(Fig.4)。エバーグレーズの上流域にはオキチョビー湖があり、そのさらに上流域にはキシミー川がある。このキシミー川は河川改修で直線化されてしまったのだが、昔のように蛇行した河川に戻すため今あるダムを破壊することとなった。ゲートがあるが、この反対右側にダムがある。これは、これから(2番目に)爆破されるダムだ。最初に爆破されたダムの映像をビデオで見せてもらったが、その時に説明してくれた担当者が、せっかく造ったダムを壊すにもかかわらず、これでこの河川は元に戻る、多くの生き物たちが帰ってくると、非常に嬉しそうに話してくれたのが印象的だった。

 少し時間が遡るが、これは10年前1991年にフロリダで、ラムサール条約の常設委員会が開催されたときの写真だ。赤いポロシャツを着ている人は、当時のスペイン政府の代表だ。昔のラムサールのロゴのついたTシャツを着ている方はアメリカ政府の湿地目録の担当者だ。たまたま現地で一緒になった観光客の子供が、あれは何というので、これはカブトガニだよと説明している最中だと思う。常設委員会では難しい会議が続くのだが、外に出たときはみんな生き生きとしていた。
 ラムサール条約が誕生したのは、イランのラムサールというカスピ海に面した町だ。イランでは、カスピ海に面した登録湿地がいくつかある。 これはインドのケオラデオという国立公園で、ここもラムサール条約の登録湿地になっているとともに世界遣産に指定されている場所だ。
 先ほどバードウォッチングの写真を見せたが、アジアで最初に開かれたラムサール条約地域会議の時、国際自然保護連合(1UCN)がパキスタンで行っているマングローブのリハビリテーション、復元事業を関係者で視察に行った。これは、ボートが現地に到着したとたん、参加者がズボンをまくりあげて我が先にと現場へ進んで行った時の写真で、みんなとても楽しそうにしていた(Fig.S)。このパキスタンにおけるマングローブの復元事業も、ワイズユースの事例研究の一つに選ばれている。
 オーストラリアのカカドゥという国立公園も、ラムサール条約の登録湿地になっているとともに世界遺産に指定されている場所だが、エバーグレーズと同様、残念ながらワイズユースの例とは言えない、むしろ危機的状況にある。先住民アボジリニの方々の聖域でもあるが、ここでウランを採掘する事業があり、日本の企業も関係しているようだ。現在これをどうするか話し合いが行われている。
 さて、現在の地元釧路湿原の写真をお見せする(Fig.6)。これは釧路湿原国立公園の中でも一番保護の網の目が厳しい特別保護地区の写真、釧路湿原の中のコッタロと呼ばれている場所の写真だ。ただ釧路湿原も無傷ではなく澗辺や中央部でもさまざまな工事が行われている(Fig.7)。釧路湿原には、地元の学生だけではなく、毎年東京方面からも学生達が視察に来る。彼らと一緒に

釧路湿原あるいは日本の湿地保全をどうしていくべきか、ワイズユースとは何だろうかと話し合うのは非常に楽しみだ。この写真は、釧路湿原の絵ハガキで一番有名な場所、細岡という展望地からの夕焼け、下の方に流れている釧路川がピンク色やいろいろな色に染まって非常にきれいで、観光客に一番有名な場所だ。

 ここは、日本国内でかつて釧路湿原と同じように広大な湿地だった場所だ。あえて場所の名前は言わないが、分からない人は知っている人に聞いて欲しい。

4. 湿地の賢明な利用(ワイズユース)
 次に湿地のワイズユース=賢明な利用について、ラムサール条約の中で話し合われてきた歴史について振り返りたいと思う。条約の正式言語は英語とフランス語、釧路会議から新しく加わったスペイン語だ。その3か国語で常に照らし合わせて、翻訳上の齟齬がないか、世界的に受け入れられる言葉や表現であるか、科学的に正しい表現でありのか、法律家や専門家が検証するため、言葉一つ、文章一行でもけっこうな作業量だ。
 ラムサール条約における湿地のワイズユースの定義は、1987年にカナダのレジャイナで開かれた締約国会議で採択された。この定義に合意するために、世界中の人々がお金と時間をかけて話し合いをしたことになるわけだが、「生態系の自然財産を維持し得るような方法での、人類の利益のために湿地を持続的に利用すること」と言われても、やはり法律用語、科学的な用語といった感じでわかりにくいと思う。っまり賢明な利用を別の言葉で置き換えれば、持続的に利用することになるのだが、持続的な利用とは何だと聞くと、これも定義が難しく、だんだん禅問答みたいになってしまう。レジャイナ会議でも、賢明な利用の定義をもう少し噛み砕く必要があることは当然わかっていた。そこで次の会議、1990年にスイスで開かれたモントルー会議で、世界各国がラムサール条約の下でワイズユースを考えるときの指針を初めて採択した。
 その指針(ガイドライン)は、先程の定義より詳しいと言ってもまだ比較的シンプルなものだった。そして、1993年にアジア地域で最初に開催された締約国会議、釧路会議での中心テーマを、ワイズユースについて詳細に検証することというのが、モントルー会議で決まった。釧路会議に向けて、研究部会(ワーキンググループ)を作って世界中の研究事例を集め、NGOや政府の協力を得て、どのようなものがワイズユース=賢明な利用と呼べるのかが話し合われた。このように、ラムサール条約では、1987年に短い定義が生まれ、90年に指針が採択され、93年の釧路会議でさらに迫加手引が採択されたという経過になっている。ワイズユースに関しては、基本的に釧路会議以降は応用編になる。
 モントルー会議で採択された指針は、比較的短いのだが基本的に三つの柱があります。最初は国が国家湿地政策(ポリシー)を持つべきだという点、2番口の柱は国としてワイズユースにどう取り組むべきか、3番日は個々の湿地でのワイズユースがどうあるべきかということだ。すなわち、モントルー会議で採択された湿地のワイズユースでは、3つの柱のうち2つは、まず最初に国が考え方を提示しなければいけないということが明言されたわけだ。
 釧路会議では、追加手引きとして基本的な三つの枠組みが提示されたのだが、前回に比べるとやや個別の湿地にシフトしている。最初はやはり国家の湿地政策だったが、2番日の柱は湿地の価値、それに関する知識をどう積み重ね、普及させていくかという点、3番目の柱は個々の湿地に関することで、さらに具体的になった。

5.アジアにおける湿地の保全
 アジアの湿地の例を参考にしてみよう。これはカンボジアだ。犬が歩いているから、そんなに深いところではないのだが、大雨が降ると、このように道路までが水浸しになってしまう。カンボジアでは、湿地の保全と人々の生活が密接に結びついているので、私たちが訪れた地城では、村の住民が参加して湿地の利用と保全に関する話し合いが行われていた。当然、話し合いは非常にオープンで、アジア各国から見学にきた私たちも話し合いに参加させてもらった(Fig.8)。

 今年8月にマレーシアで、第2回アジア湿地シンポジウムが開かれた。新潟のシンポジウムも今同で2回目だが、アジア全体の湿地シンポジウムも、今年2回目が行われた。マレーシアの登録湿地のあるタセック・ベラ(ベラ湖)を訪れてみた。日本でも見かけるような木道があるが、これは最近造られたばかりだ。
一見すると日本と似ているようだが、周辺の植生は熱帯特有の食虫植物があるなど、かなりトロピカルだ。先住民の方が操舵しているカヌー自体も、先住民の方の伝統的なものを利用している。カヌー中央に座っておられるのは、一緒に旅をした地元新潟からの参加者佐藤さんだ。
 登録湿地、タセック・ペラの地図を前に、デンマーク人の青年が説明している(Fig.9)。中央に茶色い部分が3か所ありますが、先住民の方々の居住地域だ。マレーシアの法律では、先住民が住んでいる所は、保護区にすることができないので、それを取り囲むような形で、ラムサール条約の登録湿地が指定されている。その先住民の方々との話し合いによって、彼らが直接エコツーリズムから収入を得られるように、この青年がプロジェクトに協力している。彼はデンマークでエコツーリズムの修士号を取ったが、そんな立派な論文を書いたなら、実際に責任を持って実現地スタッフと二人でエコツーリズムの実施に協力している。彼の話を聞いて、とても勇気づけられた。

 このように登録湿地の中では人々が頑張って協力し合って、エコツーリズムが進められているが、問題はこの周辺部だ。我々日本人も無関係ではない。この周辺は、かつてゴムのプランテーションだったのだが、このように皆伐されて、今はヤシ油を採取する場所に変わっている(Fig.10)。向こうに写っているのはアブラヤシだ。現地の価格では、ゴムの木からゴムを採取するよりも100倍の収人になるそうだ。100倍もの収入があるため、当然国もアブラヤシ事業を推進しており、人々は木をどんどん伐って、皆伐状態にして、アブラヤシを植えている。このように皆伐してしまうため、ラムサール条約の登録湿地の周辺、つまり集水域では、土壌侵食が起こって、その結果登録湿地が脅かされている。ヤシ油は食用にも使われているが、植物性の例えば化粧品や洗剤が日本でも沢山販売されており、そういうものの材料になるのだ。

 マレーシアでの会議の後で、アメリカのエバーグレーズへ向かう前に、千葉県の三番瀬へ行って来た。日曜日だったので、親子連れが潮干狩りをしていた(Fig.11)。地元の自然保護団体の方に囲まれているのが現在のラムサール条約事務局長ブラスコ氏だ。彼は三番瀬はじめ各地で日本のNGOが頑張っていることを、非常に高く評価していた。
 沖縄には、泡瀬干潟という今開発が問題になっっている干潟がある(Fig.12)。三番瀬やパキスタンの干潟の例でもそうだが、一般的に干潟というと、靴を脱いでズボンをたくしあげて裸足で歩いてみることが出来る。泡瀬干潟では岩もあるが、、珊瑚礁の破片が流されてきて一面に散らばっているので、裸足で歩こうとすると痛く、サンダルを履かないと歩けないという干潟だ。そこでも様々な生物がいる。

6. ワイズユースの重要要素
 さて、世界中でいろいろな例を集めて、世界中の国々の人々が、どうやったらワイズユースを実行できるのか、何をもってワイズユースと呼んだらいいのかを、釧路会議に向けて、それからそれ以降も話し合ってきたということを説明した。
1993年の釧路会議に合わせて出版されたこのワイズユース事例研究では、国際的な協力による例として、ワッデン海と地中海の協力の事例、国としてワイズユースに取り組んだ例として、カナダが世界で初めて国家湿地政策を採択したという他に2件、その他に12件の個別のラムサール条約登録湿地における例が報告されている。これらの事例を研究部会で検討し、エッセンスを抜き出した結論が、最後に書かれている。
 先程「持続的な利用」という言葉がワイズユースの定義の中でも使われていると説明した。それ以外にも、例えば国連関係機関では、持続的開発という言葉が使われている。英語ではサスティナブル・デベロップメント(sustainable development)だ。これとの関係について一言触れる。実は1987年のカナダのレジャイナ会議でラムサールにおけるワイズユ一スの定義が採択された時に、もうすでに言っているのだが、湿地の

ワイズユースは、持続的開発に不可欠な要素であると説明されている。
 第5同締約国会議は釧路で開かれたが、もう一度締約国会議の歴史をおさらいしてみよう。一番最初の締約国会議は1980年だった。第3回のカナダのレジャイナ会議で、ワイズユースの定義が採択され、次の第4回のモントルー会議で最初のワイズユース指針(ガイドライン)、そして第5回の釧路会議ではさらに詳しい追加手引が採択された。
 釧路会議の後に、ラムサール条約事務局や常設委員会で会議の成果が話し合われた際、次の4つが挙げられた。1つ目として、釧路会議では日本国内においてもラムサール条約や湿地、あるいは湿地保全という概念が広く伝わった機会であったことが高く評価された。また、これは国や地方自治体、そしてジャーナリスト、NGOが協力して、普及啓発、環境教育、研修に取り組んだ成果であり、他国でも是非日本を見習ってやるべきであり、そのためのプログラム作りが提案された。
 2つ目として、ワイズユ一スについての議論と関連しているのだが、湿地の管理計画作りのための指針が採択されている。登録湿地、あるいは保護区にしっぱなしではなくて、個別の湿地の管理計画を作るべきだという点で、共通の認識が出来た。
 また、釧路会議で環境庁から、そして日本の環境NGOを代表する立場で藤前を守る会の辻さんが、日本国内の干潟の現状を報告したところ、海外からの参加者から自国の事例の言及や様々な提言があり、大きな注目を浴びた。すなわち3つ目として、干潟保全の必要性に注目が集まったことが、大きな成果の一つとして捉えられた。そして4つ目がワイズユースについての総括だ。先ほど述べたように、ワイズユ一スに関しては、世野各国の事例を集めて分析が行われたのだが、結論として、研究事例から得られた知見を6つに整理してある。

 1番目は社会経済的要因に対する配慮が必要であるという点であり、2番目は地域住民の参加をどのように推進するかという点だ。
 3番目は、他の公共機関や民間企業との連携だ。これに関してはこれまでにも政府内での縦割り行政の弊害が指摘されてきた。こういったパートナーシップがないとワイズユースとは呼べないというのではなく、ワイズユースが成功したと思われる例の中では、パートナーシップをはじめここで挙げたものの一つあるいはいくつかが、組み合わされて行われているという意味だ。
 4番目の制度上の問題というのは、いくら地元で特定の湿地を守りたいと言っても、例えば法律や行政が、それに対応するメカニズムを持っていないとうまくいかないという意味だ。
 5番目は沿岸域、あるいは集水域全体での配慮だ。湿地に流れ込む水を考える、すなわち集水域全体で考えなければうまくいかないということが挙げられている。
 6番目は予防原則だ。科学的知見が十分でない場合には、湿地の場合、保全することを選択する方が賢明であるということだ。
 この後、1番目と2番目の内容はさらに発展していく。2番目の地域住民の参加に関しては、釧路国際ウェットランドセンターと他の国際NGOとの協力の下に、1999年のコスタリカ会議で地域住民の参加はどうあるべきかというワークショップが開催され、新たな指針が作られた。
 また社会経済的要因に関しては、特に環境経済学的取り組みを湿地に応用することが促進されている。これに関して、釧路国際ウェットランドセンターではテキストの日本語訳を出版したので、簡単に説明する(Fig。13)。

 経済学者と他の専門家が協力し合って、湿地の価値を金銭的価値に置き換えてみようという試みが行われている。経済的価値を数字で出すことによって、行政や開発に関わる人々も、湿地の価値を理解するではないかと考えられているわけだ。もちろん経済的に置き換えることが難しい、あるいは一見不可能と思われる要素もあるが、環境経済学者が中心となって、世界中で知恵を出し合ってきた。まず、大きく分けて人間が湿地を利用することを前提とした価値と、利用しなくても存在することに意義があると考える場合の価値とに区分してみよう。例えば、心のふるさと、美しさ、文化遺産としての要素等を配慮したり、宗教的な価値が結びついていれば存在価値として挙げ、これが表の一番右側に挙げられている。
 直接利用価値は、マングローブの木を伐採したり、魚を獲ったり、レクリエ一ションに利用する湿地を直接利用するということだ。間接的利用価値は、湿地の機能のことだ。湿地がそこにあるだけで、地域住民はいろいろな意味で恩恵を受けている。マングローブの木を伐ったら、サイクロンの破害がひどくなってしまう。つまりマングローブがそこにあることで防御の役割を果たしており、伐るまでは気づかなかった役割があるわけだ。選択価値及び準選択価値は、現在使わなくて将来利用する、あるいは将来もたらされる情報の価値を考えている。
 このような考え方は少し難しいと思われる方もいらっしゃるだろうが、このように環境経済学的な手法を利用して、湿地の価値を改めて見直すこと、これも湿地のワイズユースにつながると思う。
 ラムサール条約事務局が、普及啓発のために一般向けの資料集(ツールキットと呼ばれている)を提供している。この内容は、ワイズユースが中心的役割を果たしている。内容はワィズユース、登録湿地、国際協力の3種類に大別されます(Eig.14)。ワイズユースに関しては全部で5分冊があり、最初は困家湿地政策、つまり国としての取り組みだ。法の整備や組織のメカニズムづくり、集水域で考える必要性、住民参加、そして英語の頭文字セパ(CEPA)では普及啓発の重要性が強調されている。これらがまとめてワイズユースの要素として提供されている。また、登録湿地、国際協力に関しても、それぞれ考え方が提示されている。

 大学の私のゼミでは、最初に湿地の経済評価について勉強したが、最近は「ワイズユースの研究事例」から自分の好きな国を選ぶなどして、その内容を発表してもらっている。学生たちのまとめの仕方は、先程の6っの要素の選び方とはまた違って、非常に素直でよいと思うので紹介する。これはゼミで選んだワイズユースの重要要素だ。

 「集水域全体で考慮する」ことがわかりやすいうえに、一番重要ではないかという意見が多くでた。「行政とNGOのパートナーシップ」が2番目に挙げられた。3番目は住民参加で、そのために必要なのは、日本でまだ十分ではないと考えられている情報公開だ。それから国としてあるいは地域として、明確な湿地政策を持つことが必要ではないか。そうしないと、個別の干潟や湿原で、あるものは保護されてあるものは簾護されない、なぜそういった違いが生じるのかという理由も分からないまま、結局自然保護活動はもぐら叩きで終わってしまうのではないか、ということから湿地政策の必要性が4番目に挙げられました。
 次が科学的情報の蓄積だ。ワイズユースは、自然が復元できるような範囲内で行わなければならず、資源量に関する基本データが必要だ。また、伝統的知見の再評価では、実は地域の人々が一番よく問題点や解決策を知っているのではないかという考え方に結びついており、日本が得意な分野だろう。また、環境アセスメントも重要な要素として挙げられている。
 最後になりるが、ワイズユースは、ラムサール条約が基本的な枠組みを作って、こうしなければいけないという処方箋を与えているわけではない。むしろ、地元の人々が湿地を守っていくのにこんなことをやっているという例があって、それがもしワイズユースの構成要素としてこれまで挙げてきたものになければ、是非そのことを、来年(の締約国会議)でもその次でもいいのだが、世界に行って報告してほしいと思う。自分が生まれた地元であるこの新潟から、世界に向けて新潟の湿地はこのようにワイズユースしているということを発表してもらい、国際舞台で心からの拍手を送る機会が来ることを願っている。