2009.6.23に実施した特別講義「トラストサルン釧路の活動〜釧路湿原の保護20年の歴史」(トラストサルン釧路理事長 黒沢信道さん)
後に回収した質問票に対する丁寧なお答えをいただきましたので、期間限定で公開します。

質問に対する答え(2009.6.23黒沢信道)

1)釧路湿原の現状について

○現在の釧路湿原で、以前から著しく変化したことは?
答:湿原の水位が変動しやすくなったことです。これは、集水域の開発が進んで保水力(土地が水を保持する力)が低下し、河川の直線化工事との相乗効果で、河川の水位が変動しやすくなったことによります。昔は大雨の後にゆっくりと川の水が増えて3日位続き、それからゆっくり水かさが減っていったものです。最近では、雨の直後に大増水したあと、1日ぐらいで水は減り、しばらく雨が降らないと水位がとても低くなります。このため湿原では、土砂の流入と乾燥を繰り返すことになります。湿原内に造られた「右岸堤防」は、湿原を区切ることになり、水位変動を助長しています。

○湿原へ泥水が流入することの影響は?
答:湿原は本来、泥炭という未分解の植物からなるスポンジのようなものでできています。これに泥が詰まると、本来の水分調節機能を奪われてしまいます。また泥が入ってくると、本来湿原内に生えていない植物や動物が侵入してきます。ハンノキ林の拡大は有名ですが、この結果のひとつです。沼の底に泥が溜まると、水生植物や水生昆虫、魚の種類が変わってしまいます。

○釧路川から達古武沼へ泥水が逆流する理由は?
答:普段は達古武沼の水はゆっくりと釧路川に流れ出しています。しかし大雨が降ると、釧路川の水かさが著しく増えて、達古武沼の水位より高くなるために逆流します。達古武沼の流域は比較的森林が多く、釧路川ほど急激に水位が上がらないからです。つまり、達古武沼に流入している泥の多くは、達古武沼の上流から来るものではなく、釧路川を介して他の流域から来るものと言えます。

○シラルトロ小沼はその後どうなりましたか?
答:JRは線路の地盤を補強しました。増水時にはその下を水が通って小沼とシラルトロ湖が連続するようになり、詳細に調査はしていませんが、今のところそれ以上にはなっていないようです。

○河川の蛇行のメリットとデメリットは?
答:蛇行した河川は流れが遅くなり、土砂の流下を抑えます。これが自然の姿です。しかし周辺に小さな氾濫を繰り返すので、周辺の土地を利用しようとすると蛇行を直線化することになります。こうするとその場所はいいのですが、さらに下流ではかえって洪水が起きやすくなり、流下する土砂も増えます。

○現在、釧路湿原はどの程度再生できていますか?
答:判断基準にもよりますが、手をかけている場所で現状維持が精いっぱいと思います。高速道路建設などで湿原破壊の進んでいる場所もあり、全体で見れば残念ながらまだまだマイナスで、再生の成果が見えているとは言えません。

○温暖化の影響はありますか?
答:気温の上昇による変化はまだ明らかになっていませんが、豪雨が増えるのも気候変動のひとつとされています。湿原の水位変動を助長している可能性は大きいと思います。

2)湿原の役割について

○湿原が無くなったら、自然環境にどのような影響がありますか?
答:湿原の物理的作用として、洪水の防止、その地域一帯の温度や湿度の変化を緩和するなどが言われています。また湿原環境でしか生息できない動植物種にとっては、湿原はかけがえのないものです。

○湿原が人間に及ぼす効果は何ですか?
答:人間社会への貢献としては、先に述べた洪水防止、温度湿度の変化緩和のほか、生物資源の提供、レジャーの対象として、などが一般に言われています。


3)湿原の動植物について

○昔はいたが、今はいなくなった生物はいますか?
答:鳥ではシマフクロウがほとんど見られなくなりました。魚ではイトウが絶滅に近いです。植物では水生植物でたくさんの種類が見られなくなったと言われています。

○絶滅した植物は、環境を戻してやれば復活するのか?
答:周辺から完全に絶滅してしまえば、再度他所から導入するしかなくなります。しかし現実には、植物でも昆虫でも魚でも、短期間であればどこかに隠れていて、環境が戻ると復活するということはよく見られるようです。

○鳥類にとって達古武沼は越冬ですか、中継地ですか?
答:ガン・カモ類をはじめ多くの種類の水鳥は、達古武沼を渡りの中継地として利用しています。したがって春と秋に鳥の数が多くなります。しかしタンチョウやオジロワシなど一部の種類は繁殖期(夏)にも達古武沼を利用しています。真冬は凍結してしまい、水鳥は見られなくなります。

○エゾシカの数を一定に保つ方法は? 自然に任せておいても増えすぎないのでは?
答:本来の食物連鎖が生きていれば、シカだけが異常に増えることはないと思います。しかし現在ではシカを捕食するオオカミが絶滅しており、シカはどんどん増えています。自然に任せていると植生を破壊しつくしてしまうので、人間が駆除などで数を調整して一定水準に保たなければならないと考えられています。

4)国立公園の指定について

○市街地周辺などはなぜ保護区域にならなかったのか?
答:国立公園ができる時、利害関係のある行政間で線引きの調整があったと聞いています。公園区域となることで開発に歯止めがかかることを嫌がる部署もあり、最終的には将来開発の可能性が低い場所だけが国立公園になったとも言えます。

○国立公園の区域の見直しはありますか?
答:10年おきに区域を見直すという規則にはなっていますが、先に言ったように環境省独自では決められず、大幅な見直しは期待できない状態です。

○国立公園になったメリットとデメリットは?
答:良かった点は、地元の人の湿原保全の認識が高まったこと、観光客が増えたことで多くの人に知られるようになり、観光産業も発展したこと。デメリットは、リゾート開発計画や土地の投機的な売買が起こったこと、場合によってはオーバーユースも心配されること、などでしょうか。

○湿原の土地所有はどうなっていますか?
答:中心部の広い範囲は、国の財産です。基本的に財務省の所有で、場所によって河川の管理のために国土交通省の所有であったり、一部環境省の所有地もあります。湿原の辺縁では個人の所有地も多くなっています。釧路川2kmの蛇行復元に使う数十億円があれば、個人所有の湿原全部と、周辺丘陵地の一部も簡単に買い取れると思います。

5)行政による湿原の保護について

○国や地方自治体がもっと保護活動をするべきでは?
答:そう思います。現状では、保護のために真剣に取り組んでいるのかと疑うこともしばしばです。現在の自然再生事業も、土木工事をするために発案していると思われるものも多い。しかし、社会の認識がもっと保護するべきだという側に傾けば、行政も無視はできないでしょう。現在、国の機関は縦割りの弊害があり、河川を管理する国土交通省、農地に係る農水省、自然保護の立場の環境省が、ばらばらに事業をしています。外国の例では、関係機関がもっと一致協力して施策を行なっている例も聞きます。

6)産業とのかかわりについて

○観光地としての湿原はアピールする必要がありますか?
答:観光地化で最も心配されるのは、オーバーユース(利用しすぎて環境が悪化すること)です。カヌーではこれが指摘されています。環境負荷がより少ない方法で観光利用することは、関心のある人を増やし、また自然が経済資源になるという点で大切なことであると思います。

○周辺産業との関わりとは何ですか?
答:農業、林業分野では、湿原や自然環境に負荷の少ない方法を開発してもらう必要があります。この分野では、湿原は悪影響を受けやすい立場でもあると同時に、また多少の負荷であれば緩衝機能を持っていると考えることもできます。農産物に湿原の名前を付けて商品価値を上げることも可能です。一方で観光産業においては、湿原の保全を前提にした活用を図り、その収益で湿原の保全を進めたりできる可能性があります。

7)トラストサルン釧路の活動について

○釧路湿原を守ろうと思ったきっかけは?
答:私自身のことですが、昔から動植物に興味があり、その生息地である湿原が危機に瀕していると知ったので、何とかしたいと考えたからです。

○どれくらいの人手と資金があれば最終目標に到達できますか?
答:釧路湿原とその周辺はとても広いので、すべてを保護区にすることは現実的にはあり得ません。私たちの活動が理解されて、一般の人々や行政によって湿原の保全が進み、周辺丘陵地がよりよい自然環境になり、産業も湿原への負荷を減らすようになることが目標になると思います。

○活動に対して国からの補助はありますか?
答:残念ながらありません。環境省と協働事業を行なっていたときも、国から補助されたのは「試験・調査」という名目でした。その結果を受けて、実際に保護地で大規模に森林再生を行なおうとした時には、税金は使えないと言われました。これが、協働が決裂した一因でもあります。

○どこで活動内容を知ることができますか?
答:インターネット上にホームページを開設しているので、見てください。印刷物よりも情報が早いです。印刷物としては、会員向けの会報が年に4回、一般向けの「湿原の新聞」が年に1回出されます。湿原の新聞は、ビジターセンターなどにも置きます。事務所はありますが、人が常駐していません。

○活動を続ける中で、うれしかったことと辛かったことは何ですか?
答:一番うれしいのは、自然保護地を取得した報告のできる時です。辛いのは、幹部役員が意見の相違などで離れていった時です。

○植樹の他に草を植えるとかもしていますか、また種類は考慮していますか?
答:今のところ広葉樹だけを植えています。本来の植生はわからないところも多いのですが、現状の植生から判断して、ミズナラ(ドングリの木)やハルニレ、ダケカンバ、アオダモ、生長が早くシカにも食われにくいケヤマハンノキなどを重点的に植えています。

○(河川の)土砂の流れ込みに対してNPOは何かしていますか?
答:丘陵地の沢などでは岸に粗朶柵設置や植栽をして土砂流出低減の努力をしていますが、河川自体は行政の管轄であり、残念ながらNPOは手を出せません。意見を述べているだけです。

○地域の理解が得られなかったケースがありますか?
答:大きな騒動は経験していませんが、なかったわけではありません。しかし多くは説明不足による誤解から生じたものと思われます。地域の住民は、基本的に地元の自然環境を大切に考えています。

○釧路川の蛇行復元に反対している理由は?
答:釧路川全体を見た時に、上流ではまだ直線化工事をしているところもあります。その反省なしに、目立つ下流部で大きな復元工事をすることに疑問を投げかけています。また30年以上前の蛇行の形に戻そうとしていますが、上流部が蛇行していた当時と現在では流れてくる水の量が違います。まず上流から蛇行に戻していくのが筋です。蛇行とは本来川が自律的に選ぶ流路であり、現在の計画地では、直線化した両側の土盛りを取り除くなど小さな人為で蛇行が復元するという説もありますが、全く無視されています。

8)私たちもできる活動は

○私たちにできるボランティア活動などはありますか?
答:市民向けの公開行事のほかに、いろいろな作業や調査が不定期にあります。ホームページなどをチェックされるか、役員等にお問い合わせください。多くのボランティアを受け入れたいのですが、個々の方々にはなかなか広報・伝達がうまくできていません。学生さんが会をつくってくださったりすると、情報も流しやすいのですが。すでに予定されている一般参加行事は、8月第一週の日曜日が達古武沼のホタル観察会、9月第一週が塘路の保護地でシカ防除ネット直し、1011日に達古武でドングリ記念日、11月第一週は達古武沼の水鳥観察会です。

○環境保全などに携わる仕事に就くには?
答:現在、真の意味でのそういった仕事は多くはありません。環境省はじめ行政にもポストがありますがごく一部であり、配置転換もあるでしょうし、思うように自由に仕事ができるわけでもないようです。ビジターセンター系の仕事やガイド業もありますが、直接保全活動をするわけではありません。環境調査関係の会社は、どちらかというと開発寄りの仕事が多いかもしれません。トラストサルンは職員は雇っていません。同じような団体で、霧多布湿原トラストは職員が8名ほど働いています。鶴居村ではタンチョウコミュニティという団体が立ち上がりました(職員2名)。今後このような仕事は増える可能性がありますが、今のところ狭き門のようです。