人と野生動物の共存を考える

                外務省編集『世界の動き』(1990年8月) 世界の動き社
                  を基に一部改変(禁転載)

1. ナイロビ大学で様々な人々に会う

 私は延べで3年間、ケニアで野生生物保護のための調査活動に従事してきました。調査を行うためには研究機関に所属し、大統領府から調査許可をもらい、研究用の滞在ビザを発行してもらわなければなりません。私はナイロビ大学に所属することにし、そこで、大統領府や国家科学技術委員会で働く人々、ナイロビ大学の先生や学生たち、それにケニア野生生物保護管理局の職員らと知り合いになりました。
 このほか、ナイロビにいくつかある自然保護団体で働く人々や、研究者とも知り合うことができました。その中にはケニア人以外に、欧米の人々やインド人をはじめとするアジアの人々もいました。私は時々、こうした友人たちをナイロビの日本料理店(現在は3軒ある)に招待し、また彼らの家に呼ばれて、いろいろな郷土料理をごちそうになりました。ケニアのキクユ族やルオー族、マサイ族の料理、そして世界各国の料理などです。
 私の調査は、人間と野生動物が共存するためにはどうしたらよいか、その方法を探るのが目的でした。そのためには、今ケニアの人々が抱えている問題を知ることが大切だと思いました。

2. ゾウを殺し続ける密猟者

 1989年7月、ケニアのモイ大統領は、象牙取り引きの全面禁止を世界に呼びかけるため、それまでに押収されてきた象牙約12トン(約4億円相当)を焼却。それが効を奏してか、1992年東京で開催されるワシントン条約締約国会議まで、象牙の取り引きは禁止されることになりました。その決定までの間、象牙の最大消費国である日本に対しての非難が高まり、私もあちこちで、象牙消費に関して「日本はいったいどうするつもりなんだ」という質問を受けて、返事に窮したものです。
 ケニアが象牙取り引きの禁止を強く訴えるのも無理ないことです。自動小銃で武装した密猟者の集団が、象牙を狙って各地で象を殺し続けていました。それを
阻止しようと、レンジャーや警官隊が密猟者との間に銃撃戦を展開し、犠牲者が数多く出ました。そして、米国やフランスから来ていた観光客が、密猟者と思われる武装集団に殺されるという事件が発生したのです。
 観光が貴重な外貨収入源となっているケニアにとって、こうした事態にストップをかけるのは、まさに死活問題でした。そこで密猟をなくすには、象牙取り引きを禁止して、その市場価値をなくそうと考えたわけです。

3.野生動物が無防備な人間を襲う

 密猟は、人間が野生動物の生存を脅かす例ですが、その反対に野生動物が人間の生存を脅かす場合もあります。いくつかの例をあげてみると―赤ん坊を背負って病院へ行こうとしていた婦人が、ゾウに襲われて死亡、妻をゾウに殺された夫は、9人の子供を抱えて働きにも行けず途方にくれている。また、父親の牛の番をしていた少年が、ライオンから牛を守ろうとして重傷を負った。ある湖のほとりで寝ていた男性は、カバに踏み殺された。水を汲みに行った少女は、ワニに水の中に引きずり込まれて行方不明に。台所から侵入したヒョウが、母親の見ている前で赤ん坊をさらっていった―などなど、数えあげたらきりがありません。このほか、家畜が殺されたり、作物が食べられ、家や納屋・倉庫などが壊されるといったこともあります。

4. 多すぎる被害者に支払えない補償金

 一方ケニアは、重要な観光資源である野生動物を、一般の人々が殺すことを禁止しており、その代わりに被害者に対しては補償金を支払う制度があります。私は、いくつかの国立公園の職員と、近くで農業を営む人々の話を開いてまわりました。しかし、調査を進めるうちに、近年あまりにも被害が大きくなりすぎていて、多くの人々が被害に対する補償をもらえないでいる、ということがわかってきました。
 ある日、ゾウによる畑の被害を調べて帰った後、一緒に行った野生生物保護管理局の職員と夕方ビールを飲んでいた時、彼が私に言いました。
「この辺りの農民は、今まで特にゾウを敵対視してはいなかった。前にも被害はあったが、やむを得ずゾウを射殺したこともある。このままゾウによる被害が増大していったら、人々は心底ゾウを憎むようになってしまうだろう。そうしたら、われわれはどうしたらいいのか」
 ゾウは大きな破壊力をもち、頭もよく、群れで行動することが多い動物です。ゾウ以外の動物による被害も多く、現在一部の国立公園では電気柵を設置して、ゾウが公園の外に出ないようにしていますが、それには大変な費用がかかります。なんとか苦悩する農民たちを助けてあげることができ、しかも野生動物と共存する手助けをしてあげられないものかと思います。

       [写真1]武装したレンジヤーに守られるシロサイ。この後このシロサイは
            すべて密猟者によって殺された。
       [写真2]ツァボ国立公園のゾウの群れ。
       [写真3]ゾウに荒らされた後のトウモロコシ畑。


                     
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