アフリカで自然保護を考える
       月刊『アフリカ』(社団法人アフリカ協会)2000年12月号 イントロ部分

 アフリカを舞台にして野生動物保護、自然保護の話をしようとする前に、両極端の考え/意識を持つ人達がいることを指摘しておきたいと思う。
 1つは動物が大好きな人達である。動物が好きで、野生動物ならば大きい動物を見たいと、アフリカに旅行する人々は多い。アフリカの野生動物で「ゾウが好き」「キリンが好き」と言うのは、動物園で見る「パンダが好き」とか、家で飼われる「犬が好き」「猫が好き」と言うのとさほど変わらないだろう。何を好きになるかは全く個人の自由の問題であり、そのこと自体に罪はない。しかし、動物好きな人々は当然ながらアフリカへ出かけていっても野生動物を見さえすれば大満足で、現地の人々の生活やアフリカの窮状に対する理解が足りないと揶揄されることにもなる。
 そういった人々の対極にいるのが、環境保護や自然保護、特に野生動物保護は先進国特に欧米諸国のエゴである、押しつけであると考えている人々だ。アフリカ諸国の多くはまだ独立して半世紀足らずの国が多く、国立公園制度や狩猟に関する規制などは植民地時代に制定された法律を基礎にしている国が大部分なので、そういった印象を与えやすいことは確かだ。
 どちらも極端な考え方であると最初に指摘したとおり、こういった人々にはもう少し歩み寄ってもらいたいと思う。動物が大好きなことは結構で、それをきっかけにアフリカを訪れたり、アフリカについて知ろうとしたことから、もう一歩進んでアフリカの自然保護のために貢献したり、さらに飢餓や医療援助、地雷廃止、子供たちの教育へと様々な問題へ取り組んでもらえればこれほど素晴らしいことはない。
 ところで、自然保護は偽善だと思い込んでしまうと、なかなか考えが変わるものではないし、状況を改善するための建設的な意見に結びつかないことが多いのでちょっと困ってしまう。これから指摘するように、アフリカの自然保護、野生生物保護には様々な問題があり、解決の道は長く険しい。これまで行われてきた様々な努力は、どれも完璧ではないし、いったんは成功と思えた取組も長い目で見れば、当初予想もつかなかった新たな問題を生み出してしまうこともある。アフリカに限らず、自然保護の考え方、そのやり方にも欠陥はある。しかしながら環境や自然を守る必要性は、世界中で共通だ。少なくとも筆者はそう思う。要はその方法、取組をどのように改善していくかだ。いくつかの国を例にとって様々な問題を見てみよう。




                       
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